赤い小人(2)
俺達は自己紹介を終え、願い事を何にするか相談することにした。
「ゆうと。僕のことは“あか”彼女のことは“もも”と呼んでくれ。さ、願い事を早く」
すぐに急かすあか。
ちなみに、あかとももは単に担当する場所が同じだけらしい。先ほどあかが必死に弁解
していた。他にも黄や緑がいるとかなんとか。別に興味ないんで流して聞いてたが。
「待ってよ、あか。願い事の定義を説明しなきゃ、ゆうとさんも考えられないわよ」
ももが焦って手をパタパタと振りながら、頬を膨らませた。女、子供がここにいたら可
愛いとでも叫んでいたことだろう。
しかも、あかと違ってちゃんと敬称をつけている。まあ、爆弾発言が目立ちはするが…
…。
「定義ってことは何でも叶えられるわけじゃねぇ。ってことだな?」
「そりゃあ、そうだよ。何でも叶えられる程、僕達は力を持っていないんだから」
俺の問いにあかはむすっとしたまま答えた。
態度悪いな、こいつ。
「そんな説明じゃ、わかるものもわかんねぇだろ」
片手であかを掴み、自分の目線まで持ち上げる。
俺とあかの視線が交差した。しばらく睨みあっているとあかが突如へなりと萎れる。
「お、おい?」
慌てて声をかけた。
いったいどうしたって言うんだ?さっきから、こいつの行動は意味不明だ。
もしかして、強く握り過ぎたか?
そう思うと、いつまでも握って持ち上げているのは可哀想だと感じ、ゆっくりとあかを
降ろしてやる。
「ごめん。八つ当たりしてた。」
降ろされてもへにょりと頭を下げたまま、か細い声であかはポツリと言う。それは、妙
に弱々しかった。
八つ当たりと言われて腹が立ったが、かなりへこたれてるあかを見ると、どうにも怒る
気にはなれなかった。
「あか……」
ももがあかに駆け寄る。眉を潜めて心配そうに彼を見ている。心中察するわ。とでも言
うような顔。
どうやらももは八つ当たりの原因に心当たりがあるようだ。
「八つ当たりって……何で?」
「それは……」
あかが口ごもる。
俺は思わず溜め息をついた。
聞かなきゃ答えないだろうとは思ったが、聞いても答えてくれそうにないようだ。
ももと目が合う。
「他の仲間が死んだから」
ももの言葉にあかがびくりと身を震わせた。
俺も流石に一歩退く。
ももの目は真剣だったし、あかの反応が嘘でないことを物語っている。
俺達が黙っているのを目で確認し、ももは言葉を続けた。
「見える人が殺したの。その子の運命の人も貴方みたいに、魔法をへとも思わない。魔法
をただの便利な道具と思って」
「やめろ! もも!!」
ももの話を妨げたのはあかの怒鳴り声だった。
ももが目を見開いてあかを見、顔を落とした。
「ゆうと。願い事は、物だけだ。物を出したり無くしたりするだけ。量もそこまで大量の
物は駄目だ。それと、僕のことは絶対『あか』と呼んでくれ。」
そう念を押してあかはももを掴んで机から飛び下りた。
「お、おい?」
「用がある時は名前を呼んでくれ。どうせ、そんなすぐには願い事は決まらないだろ。」
机の陰から聞こえる声。見えないことが、小人の存在を否定していく。
夢なんじゃないか。そう思えてきた。
するりと視界に戻ってきたのはピンク色。
俺はしゃがんで、彼女の様子が見える所まで近付いた。
「ゆうとさん、ごめんなさい。あかは普段とっても優しいんです。あんな風に怒るのも仲
間を思ってのことで……」
「わかってる」
必死に弁解するももに、何故かそんな言葉が口をついて出た。
よくわからないが、なんとなくあいつの気持ちはわかる気がする。本当にわかっている
かと聞かれたら答えられないが。
「そう……ですよね。ゆうとさん、ですものね!」
ももはにっこりと笑って頷いた。上げた顔は、何か納得しているらしく、すっきりとし
ている。
「ゆうとさん。魔法の定義をお教えしますね。」
「あ、あぁ。」
願い事か……俺の記憶を無くせ。って言えば全て済みそうな気がするんだけどな。
「まず、私達小人は人間への小さなお手伝い。それをすることが仕事です。」
「あぁ、いつの間にか縫い物ができてたり、ケーキが出てきたり。とかだろ?」
昔昔のお話を思い出しながら言った。昔だったら、こんな小人に合えば大はしゃぎした
だろうに。
今の俺はそう容易く信じることも、喜ぶこともできやしない。
なんだか胸を掴まれたような切ない気持ちになってしまった。
「はい、やったかな? と思って小人がいるなんて気付かない程度のことです。それが私
達ができる範囲なんです」
ももの声は落ち着いていて優しい。それにつられて俺の胸の痛みが薄れて行く。
「思ったんだけどさ、人の記憶を忘れさすこともできるんだろ?」
気持ちが幾分軽くなったせいか、頭の回転もよくなった。
あかとの約束を思い出したんだ。『三つ願い事を叶えたら、記憶を消させて欲しい』そ
れなら、記憶操作はできるはずだ。
ももは頭を下げて、首を横に振った。そして、振りながら俺を見上げて、また顔を落と
す。
「禁止されてる魔法なの。命の危険に晒された時だけ使っていい禁断の魔法。だから、願
い事として使うことはできないんです。」
「……ちょっと待てよ。じゃあ、俺に見付かったことはあかにとって、命の危険に晒され
るってことか?」
別に俺はあかに害をなすことはないぞ。と続ける前に、ももが口を開いた。
「言ったでしょ?仲間が死んだって。運命の人に殺されたって。」
ひどく冷たい印象を受けた。伏せめがちな目と、その視線が。
事実、ももだってあか動揺にショックを受けてるだろうし、怒ってもいるのだろう。
それが表に出たとすれば納得が行く。
「……そういう目で見るなよ。」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて冷たい表情から元の表情に戻るもも。更に手を口に当てて、耳を赤くしながら俺
の様子を伺っている。
「いや、いいんだけどさ。……答えたくないなら答えなくてもいいんだけどよ。その死ん
だ小人ってーのは、どうやって死んだんだよ?」
「ゆうとさんって、本当あかに似てる……」
くすりと笑うももに、思わず『どこがだ。』と突っ込んでしまう。
あかと俺が似てる? 何を馬鹿なことを。
「ふふ……死んだのは、とあることを知られたからです。私達はそれを知られたら死んで
しまうの。」
「とあること?」
どこか遠くを見るももの目から涙が一つ。
それをすぐに拭うと俺にウィンク一つ飛ばして
「それを言ったら、気になって調べたくなるでしょ? じゃあ、ゆうとさん。何かあった
ら呼んでくださいね!」
元気良く暗闇へと消えていった。
いや、十分に気になるんだがな。をい。
……仕方ない。とりあえずは一つ目の願い事でも考えるかな。




