ドラゴン解体師
その日のミズホの街は朝早くから騒々しい様子を見せていた。
昨日まで石レンガで敷き詰められていた噴水広場を囲むように黒山の人だかりが出来ており、遠巻きに何かを見ている。
警備兵と思われる制服に身を包んだ人が、それ以上人々が何かに近寄らないように必死に叫んでいた。
そんな人々をかき分けるようにゆったりとした法衣を着た竜人がそれに近づき叫んだ。
「それ以上近づくことはならん!今この時をもってこの広場に許可なき者が立ち入ることを禁ずる!」
人々は
「大使様が来たのか…」
「ならアレは竜で間違いないのか」
「何故町に落ちた?」
など、口々に言いながら広場から直ぐに去るもの、渋々下がるものなど様々だった。
大使である、リオン・エーデルハイドはそんな人達を見ながら件の竜をやっと見た。
こんな形で死に絶えた同胞は見たくない。
彼の正直な気持ちだった。
そんな気持ちに蓋をするように一つため息を吐くと、
「解体師を呼べ!」
とだけ言い、その場を離れようとした。
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小高い森の少し開けた場所に朝早く呼ばれた私は少々機嫌が悪かった。
呼ばれた理由はわかっている。
これが私の仕事だ。でも呼びに来る時間を少しは考慮してほしい。
しかも、
「ここ、南のとの境じゃないか…」
ソレを見ながらポソリと呟いたのが聞こえてしまったのだろう。
「すみません、南の方が呼んでも反応してくれませんで…」
呼びに来た兵士が申し訳なさそうに眉を下げて謝ってきた。
「仕方ない、南の方は仕事だったようだからね…」
会話をしながらも私はソレを観察していた。
死んでいるようだ。と思っていたソレはまだ息があるようだ。
うっすらと腹が上下しているし、魔力の色も消えていない。
いつまでもつかな…。
死なせてしまうのは後が悪い。
「さっさと手を貸すか…。悪いけれど東でも南でもいいから大使殿を呼んでもらえないか?“白”が落ちたと伝えてもらえば飛んでくるだろうから」
下っ端の兵士に大使との伝令役を頼むのは気が引けるが仕方ない。
今動ける役人は彼しかいないのだから…。
「えっ、自分がですか!」と慌てふためきながら伝令の鳩を展開する彼を尻目にソレ=竜に近づいた。
白い鱗を持つ竜の周りをグルッと観察しながら周る。
外傷は特に見当たらない。
瞼は閉じてしまっている為、瞳の色は覗けない。
浅く息をしている舌を見る、
「これは…面倒くさいな」
私のつぶやきが聞こえたのか、竜が薄く目を開けた。
金色の瞳が一瞬見えた。
三重で面倒くさい事が判明してしまったようだ。
「おい!そこの!大使殿と連絡は付いたか!」
「!はい、今付きました。東の方ですが…」
「それでもいい。私の声が聞こえるようにしてくれ!」
彼が鳩から梟に変えたのを確認した。
「今から現状維持の結界を張ります!急いで来てください。」
大使殿の叫ぶ声が何やら聞こえた気がするが気にすることなく続けた。
私で抱えられる事ではない。
というか、責任を押し付けたい。
だから竜言語で叫んだ。
“卵を抱えた王族です”と。
大使殿の次の言葉を待つことなく梟は消えてしまった。
兵士の魔力が持たなかったのだろう、彼はまた眉を下げていた。
急いで結界を張る準備に取り掛かった。
竜を囲むように赤い魔石を置いてゆく。
幸い雌の竜だ石の数は少なくて済む。と言っても、最低八つは必要だが。
魔石を置き終わり結界の呪文を唱える。
薄い膜のような結界が張られたのを確認するが、どうにもおかしい。
色が薄くなるのが早すぎる
「ま、魔力を吸わないでくれ!魔力なら渡すから!」
卵に魔力を吸われ続けている母体が、無意識に結界に流れる魔力を吸っているようだ。
慌てて半開きの口に使っていない魔石をねじ込んだ。
外側から吸収するよりも粘膜を通じて内側からの方が効率がいいし簡単だ。
しばらくすると魔力を貰い少しは落ち着いたのか呼吸も整いつつあった。
これでゆっくり卵の方の観察が出来る。
と思った矢先、カラン…と固いものが落ちる音が聞こえる。
ものの5分も立たない内に空になり落ちた透明の魔石がある。
「…魔石、もつかな?」
ため息をこぼしながら魔石の追加を口にねじ込んだ。
大使殿が来られたのはそれから1時間ほどしてからだった。
急いだであろうことは想像できるがもう少し早く来られなかったのか、と愚痴がこぼれるのは仕方ないと思ってもらえるとありがたい。
私の足元に落ちている空の魔石を見てもらえるとわかると思う。
「で?解体師状況は?」
私の足元を一瞥することなく、純竜人独特の無表情で聴いてくる大使殿が恨めしい。
聞かれてはまずい情報は竜言語で、どうでもいい情報は共通言語で報告した。
「“見ての通り王族のしかも王太子妃です”卵を抱えたままここにいた所を地元の子供たちが見つけたようですね。生きているので今、魔力を提供しています。魔石、持っていませんよね?」
今、白で金目の竜即ち王族の中で妊娠しているのは王太子妃のみ。と聞いている。
これくらい大使殿も持っている情報だろう。
何故、こんな辺鄙な場所に降りて、いや落ちてしまったのかはわからないが。
「少ないな」
「は?」
「情報が少ない、何故だ?後、魔石なんぞ私が持っている訳がないだろう?“それとそれと小汚い手を離せ!王太子妃様が穢れるだろう”」
フン、と鼻息を鳴らす様に私を見る大使殿の頭はきっと残念なのだろう。
「ご覧になられて何もお分かりになられませんか?彼女はまだ話せません。恐らくですが卵の成長に彼女の魔力がついてゆかなかったのではないかと思われます。“後、この手を離してしまいますと魔力の供給が出来なくなってしまい、お亡くなりになってしまう可能性が出てきてしまうのですが、宜しいのですか?”」
「ああ、そうか。後どれくらいかかる?」
慇懃無礼とはこのことか、と言わんばかりに返す私の態度は大使殿には効かなかったようだ。
無表情だからわからなかっただけかもしれないが。
純竜人族のわかりにくさはイライラすると師匠が言っていたのがよくわかる。
「移動させるのでしたら支障は無いほどには回復しています。彼女が起きないのは落ち着いて寝入ってしまったのだろうと思われますね。どうしますか?移動させるにもここから近いのは南の方の家ですが、本人や弟子たちがいませんからね。難しいでしょうとなると…」
「私達の家しかあるまい?ヒト」
大使殿が連れてきた兵士たちをかき分けるようにして、割り込んできたのは師匠と私の弟弟子のフタ。
「失礼ですが、あなたは方は?」
大使殿が疑問に思うのも仕方が無い、とは思うが普通自分の担当地域の解体師くらい把握しておけよ。と思わずにはいられなかった。
「ん?私かい?ああ、そういえば初めましてだったね。東の純竜人大使殿。私が東の解体師だよ。これからもよろしく。これは私の弟子の一人、フタだ」
師匠が来たからと場所を開けた。
「ヒト、もう大丈夫だ。止めていいよ」
何か言いたそうに口を開いた大使殿を離れた場所へ連れ出すフタをしり目に状況を師匠に話した。
「そうか。わかった。あともう一仕事やってもらうけれど平気かい?」
「フタが魔石を持ってきてくれていたのなら余裕で大丈夫です。なければギリギリで大丈夫ですよ」
竜に直に渡していた割には魔力はある方だ。でもこれから行う事を考えるともう少しゆとりが欲しいのは事実。
師匠にはばれてしまうと思うけれど。
「ふふ、軽口を叩けるくらいのならば余裕だね。大丈夫フタは持ってきているよ」
ちょうど大使殿との話を終えたのか、フタと大使殿がこっちを振り返った。
大使殿の表情が何故かよくわかってしまった。
「師匠、純竜人なのに大使殿が驚いているように見えるのですが…」
「まぁ、純竜人と言えども全く表情が変わらないわけではないしね。でも珍しい事だとは思うよ」
師匠も少し驚いたように答えてくれた。
「もう少し大使殿に詳しく話をしてくるよ。どうやら納得してはいただけていないようだからね。フタから魔石を貰って準備をしておいてくれるかい?」
私にはわからない大使殿の表情を読み取ったらしい師匠は、彼の方へフタと入れ替わるように近づいて行った。
「やぁ、ヒトお疲れ」
「お疲れフタ」
お互いの事を労いながら挨拶を交わすと、フタが乳白色の魔石を取り出し手渡してきた。
受け取った魔石を舐めるのではなくかみ砕く。
これは私の魔力を魔石に込めたものではなく、純粋な私の魔力の塊だ。
だから丸ごと食べてしまえる。魔石の回収がなく便利だが作るのに長い時間が必要で魔力が多くなければ作ることはない代物だ。
「あひがとう。ほれのほかげで余裕になった」
まぁ、それでも終わったらしばらく寝るけどね…。と心の中でごちた。
「食べるかしゃべるかどちらかにしてくれ。王族の竜か…初めて見た」
ほぅっと息を吐き白い竜体を見るフタの目は真剣だ。
とてもまじめな彼の事、きっと大きさや鱗の様子など観察しているのだろう。
少し袖口が汚れている?…ん?この匂い
「フタ?私がこっちに来ている間に何かあった?」
真剣な表情の顔が揺れたのがわかった。わずかな時間だったけれど。
「ん?何にもないよ?どうしてかな?」
…声が震えている。バレバレだよフタ。
「そっかわかった。じゃ、準備するから少し離れていてフタ」
ホッと胸を撫で下ろさないでよ。何かあったって言っているようなものでしょうが。
もうじき大使殿との話が終わったのか、終わらせた師匠が来るだろう。
今は落ち着いてるが状態が状態だった彼女を、長い時間ここに居させられない。
直ぐにことにかかれるよう、準備している方がいい。
そんな私の様子に師匠も気が付いたのだろう、無言で頷いてくれた。
フタが離れたのを確認すると、展開していた結果の縁に手を付いた。
本来ならば直接触れていた方がいいが、今は彼女に魔力を吸われてしまうため効率は悪いが結界を利用して彼女を転移させることにした。
流す魔力は…。転移させる場所は…。物は…。
全てを計算し、後は魔力を流すだけ。
師匠…まだですか?
周りの音はあまり聞こえないが、口の動きからして大使殿が反対しているようだ。
まぁ、わからなくはない。彼女は大切は竜王太子妃なのだから。
でも、今動かせる方法はコレだけ。しかも直ぐに移動させないと今度は卵に支障が出る。
師匠から合図が出た。
私は魔力を一気に流し転移彼女と共に転移した。
転移する前にフタに目配せをするのを忘れない。
『後で詳しく聞くからね』
フタの慌てた表情を見やりながら目指すは私たち東の解体師の家。
案の定彼女を転移させた後、倒れるように私は寝てしまった。
起きた時には彼女は竜の国に迎えの者と帰ってしまっていた。
卵も一応は無事だと聞いた。
活動できるほどに魔力が回復すると、大使殿から執拗に絡まれることなど知らなかった。
教えてくれなかった師匠とフタに悪態付きながら逃げ回ることになったり、助けた王太子妃や王太子そして卵から孵った子から絡まれることになったのは別の話だ。
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ドラゴン解体師
それは人族に竜族を利用させないために作られた職業。
番狂いになったり、人に狂った竜族を屠ったり、訳って人族の領地で亡くなってしまった者を正しく葬る。
竜族の遺骸は大きく血は人族には毒になりうる為、人族にとってはいい処理屋の扱い。
竜族からしてみれば半端者の職の斡旋。と素材屋。
そして同じ純竜族を傷つける事は(事情がない限り)出来ず、かといって人族に触らせるのは言語道断。
奪われてはいけないものもあり、解体させる代わりに素材を扱う事を許されて(許して)いる。
と言っても自分たちで販路を決められるわけではなく、橋渡しは大使がしている。(卸とは言ってはいけない)
最近では人族、竜族共に医師の様な事をしているためか、解体師=治療師と勘違いしている者もいるとかいないとか。
何となくで書いたの矛盾はあるかと思います。
しかも久々に書きましたから…。