ここは何処ですか?
波の音が聞こえる。潮の匂いがする。
目の前に直線を並べられた石が並び、そのすぐ下は……海かな?
「ねぇ、おっさん……ここ、アキハバラ?」
周囲を見渡しながら、おっさんに尋ねる。
「おっさんに戻った……いや、秋葉原じゃないな。って言うか、ここ何処?」
「はぁ? あんたの世界なのに、私が知るわけ無いでしょ」
剣を男の足元に放り投げる。
流石は聖剣なんて言われているだけあって、その剣 ── エクスカリバー ── は石畳に軽々と突き刺さった。
「危ないって!」
おっさんは剣を引き抜くと、腰の鞘に収めた。
「とりあえず、剣はその袋に入れておいたら? この世界だと、剣も持っちゃダメなんでしょ?」
さっき言われた事を思い出して、男に言ったのだが、何やら悩んでいるみたいだ。
「う〜ん、そうなんだが……ここ、俺が知ってる場所じゃないみたいなんだよなぁ」
男は周囲をキョロキョロ見渡している。
「まぁ、その辺の判断は任せるわ。とりあえず、袋ひとつ頂戴。持つから」
「おぉ? 持ってくれるのか? てっきり俺がずっと持たなきゃいけないのかと思ったぞ」
「あんたが持ってないと、持ってこれないかもと思っただけよ」
そう言いながら袋を受け取り肩から斜めがけにしたが、袋は特に可愛い訳でもないのでピンクのメイド服には合ってない。
可愛い袋持ってくれば良かったなぁ。と自分の部屋に寄らなかった事を後悔したが、今更だった。
先ずは、ここが何処なのか……そして、アキハバラで無いなら、それは何処にあるのかを知る必要がある。
「ねぇ、これから……ってなに見てるの?」
おっさんの視線を辿ると、船を見ているようだ。
「あれは船よね。船は、私達の世界とあまり変わらないみたいだけど」
数十隻はあるのだろうか、遠くに船が連なって泊まっているから、このは港町なのだろう。
その船は、木で出来ていて帆があった。いわゆる木造帆船だ。
数は少し多いかも知れないが、特に変わった様子は無い。強いていえば、漁に使うには些か大きいか?
いや……
そう思いながら、改めて周りを見渡す。
レンガ造りの建物に、石畳……そして、木造帆船。
「ねぇ、もしかして勇者の世界じゃなくて、元居た世界の何処かの港町に飛ばされた?」
「……わからない」
おっさんにも戻れたのか戻れなかったのか、わからないようだ。
相変わらず役に立たないなぁ~。そんな事を思っていた矢先に、
「МПИКЩШЙ」
「ん?」
声がした方を見るとひとりの少女が話し掛けて来ているが、言ってる事がわからなかった。
言葉がわからないって事は、無事におっさんの世界に来れたのかな?
「ねぇ、あの子、何か話して来てるよ?」
呆然と船を見ながら、ブツブツ言ってるおっさんの袖を引っ張った。
「ШПИЩ」
「なんて言ってるの?」
「いや、言葉がわからない」
その少女は何やら困った顔を見せていた。
しかし、どういう事だろう? 元の世界なら言葉は解るはずだし、おっさんも言葉がわからないとなると、どちらでも無い世界に来たのかな?
「とりあえず……変な世界に来ちゃったみたいね」
そう言って、これからどうするかと思い悩んでると、
「いや、俺の居た世界は100だか、200だか……とりあえず沢山の言葉があった筈だから、まだどっちの世界かは解らない」
「はぁ? そんなにあったら、どうやって話すのよ?」
100? 200? 同じ世界に居るのに、そんなに言葉を増やす意味がわからない。
生活すら不便な気がしてならない。
「スキル発動……《言語理解》」
おっさんが何やらスキルを使った。多分、勇者のチートスキルだろう。
「ПШКЙЩИМКШИ」
「ЩМЙШИ」
おっさんの口からも謎の言葉が発せられるが、少女が嬉しそうな反応を見せたので、言葉は通じているらしい。
相変わらず勇者のチートは謎が多いと思ったが……あぁ、私達の世界に来て困らないようにか。とすぐにその理由に思い当たる。
ん? そういえば、昔、魔獣を従えるのに覚えた魔法があった様な……
昔の記憶なので、なかなか思い出せずに悩むが、暫く悩んでいるとようやく思い出して、その魔法を使う。
本来は獣を脅したり説得したりするために使う魔法だが、もしかしてと思ったのだ。
「魔法……《魔獣調伏》」
わざわざ口に出して言う必要も無いが、何となくおっさんのスキルに合わせた。
「どうしようかと思いましたよ。服装で異国の方かなと思ったのですが、言葉が通じないのでは、助けも呼べませんし」
少女の言葉がわかるようになった。
本来は対魔獣用の魔法だが上手くいったらしい。
「ごめんなさい。ちょっと動転してて、叔父も私もうまく答えられなかったの」
見た目は中年のおっさんと、子供の私だ。叔父なりにした方が都合が良いだろうと、咄嗟に嘘をついた。
おっさんは、何やら言いたそうな顔で見てくるが無視だ。
「そ、そうだったのですね! すいません、てっきり服装から使用人の方かと思いました」
しまった! メイド服は、本来はそういうものだった。おっさんを見ると……予想通り、笑いを堪えてる。
後でぶん殴る。
「しゅ、修行中なので、なるべくこの服装なんです」
「まぁ、そうでしたのね。ご立派ですね」
根が正直なのか、少女は話を信じているようだった。
「ところで、ここは何処ですか?」
とりあえず、いま必要なのは情報だと思い、目の前のお人好しらしい少女に尋ねる。
「ここはリスボンです」
リスボン? 何となく少女の言い方から、この町の名前なのかと思った。
「あ、あの大きい船は?」
こんな時に、なぜ船を気にするのかわからないが、おっさんが遠くにある大きめの船を指差しながら、少女に尋ねた。
「大きい? あぁ、あのナオ……キャラック船は、ヴァスコ・ダ・ガマ様の船団の船ですね」
「ヴァスコ・ダ・ガマ……」
そう呟くと、おっさんがその場にへたりこんでしまった。おっさんの知り合い?