勇者が攻めてきた
「魔王様、我々が勇者を止めます! その間にお逃げ下さい!」
部下の魔王軍の将軍達が、城の中を突き進んでくる勇者を止めるために部屋を飛び出した。
既に他の者は勇者に倒されてしまい、部屋には魔王の私、ただ一人だけだ。
「はぁ〜、逃げろってどうやって逃げるのよ……ここ、城の地下の奥じゃない」
何故か魔王の¨真の¨玉座は、魔王城の地下、最奥にあった。城は地上に建っているのにである。
いや、¨真の¨と言うからには、当然¨真じゃない¨玉座もある。
何故かは、わからない……が、歴代の魔王のお決まりらしく……魔王城の最上階にある謁見の間に、真じゃない玉座があるのだ。
そして、その玉座の後ろに階段が別に作ってあり、そこからご丁寧に一本道で作られた階段を降り続けると、この地下の部屋まで続いているのだ。
お陰で私は、わざわざ自分の部屋を出て、最上階まで上がり、そこから地下まで降りて、この部屋で勇者を待っている。
「はぁ〜。なんでこんな造りになってるのよ」
歴代の魔王に対しての愚痴がこぼれる。
いや、歴代のと言うのは正しくないな。
── 魔王は何度も蘇る ──
つまり、歴代のと言っても全て¨私の父親¨だ。
父親の謎の拘りは、他にも色々とあり過ぎてめんどくさい。
変身が出来る彼女の父親は、人の姿で最上階で戦って倒されると、わざわざ最上階を散らかったままにして、地下から再び人の国を攻めるのだ。
温存しておいた強い力を持つ部下達と共に……。
もう馬鹿なのかな?と、私は父親の事を思っていた。
何故、わざわざ温存しておくのか?
いや、そもそも本当に人間を滅ぼしたいのかすら怪しい。
なぜなら、父は人間が異世界から勇者を召還するまで、まともに人の国を攻めないのだ。
一応、攻めてはいる……のだが、毎回、最上階で一回倒されるまでは温存しておいた部下達を使わないのだ。
そんな感じて私の父は、何度も何度も異世界から転生やら転移やらしてくる勇者に、倒されては蘇るを繰り返している。
部下達も数十年経てば蘇るからか父に付き合って、この繰り返しをしている。
私には、その意味がわからなかった。
「はぁ〜。しかし、今回は早かったなぁ」
私は玉座でお気に入りの¨メイド服¨に身を包みながらため息をついた。
何代前の勇者かは忘れたが、あまりに成長しないその時の勇者に苛立った父に言われて、勇者の手伝いに行かされたのだ。
魔王の娘が人の振りをして、勇者の手伝いだ。
もうこの辺りからして、父が何をしたいのか謎なのだが、この手伝いに関しては良い事もある。
このメイド服は、その時の勇者が¨聖地アキハバラ¨の制服だと言って人の町で作ってくれた物だ。
初めて見たそのメイド服に私は一目惚れした。この世界にもメイド服はあるのだが……可愛くなかった。
だが、これは違う!
ありきたりの黒と白ではなくピンク!
そして、短い丈のスカート!
ふわりとした袖に、大きなリボン!
その勇者は聖地の事を、色々と教えてくれた。
彼が父親を倒す時など、本気で邪魔をしようかと悩んだものだ。何故なら真の部屋で魔王を倒すと、勇者は元の世界に送還されてしまうからだ。
彼が帰ってしまったら……
誰か、¨アキバグッツ¨を作ってくれると言うのだ!
だがあろう事か、我が父 ── 当時の魔王 ── は、私から倒しやがった! 勇者では無く娘の私からだ!
確かに良からぬ事を考えてはいたけど、だからといって娘から殺す父親ってどうなの?
おかげで、その時は蘇るのに15年ほど掛かってしまった。
いや、話が逸れた……そんな私だが、今は私が魔王だ。理由は単純だ。
父がまだ前回の勇者に倒されてから、蘇っていないのだ。当然、温存組の強い部下達も蘇っていない。強い力を持つ魔族ほど、復活に時間が掛かるのだ。
今の魔王軍は、プルプルしている身体でどうやって戦うのか謎なスライムだの、角があるだけで食料としか思えない一角ウサギみたいなのしか居ない。
先程の部屋から出ていった部下も……偉そうな口振りだが、名前すらないゴブリンだ。
「魔王はここか!」
扉が勢いよく開かれた。どうやら勇者が到着したらしい。
「よく来たわね、おっさん」
私は、今回の勇者……明らかに弱そうな中年の男に向かって言った。
「お、おっさん……って、メイド服?! 子供?!」
勇者であるおっさんがキョドってる。
まぁ、無理も無い。魔王がいると思って乗り込んた所に、ピンクのメイド服を着た10代前半の女の子が居たら、そうなるだろう。
「お前が……魔王でいいのか?」
「私が魔王でいいわよ」
不本意だけどね、と心の中で付け足す。
「そ、そうか。気は乗らないが魔王なら仕方がない。人々の為に討たせて貰うよ?」
何故、最後疑問形になった? なんだか頼りない勇者だなぁ〜。
いや、実際に目の前のおっさんは勇者としては、かなり弱そうだ。なんでフルプレートすら着てないの? その胸当て……普通に店で買えちゃわない?
明らかに弱そうなおっさんが、あっさりと一人でここまで来れたのは……それ以上に魔王軍が弱かったんだろうなと呆れてしまう。
「はぁ~、なんて言うか早すぎなんだよね……これで、うちら詰みじゃね? もう数年単位で勇者呼び出したら、魔王軍復活も出来ないじゃん」
「え? な、なんの話だ?」
「こっちの話。あんたには関係ないわ。さっさと来なさい。貴方には世界の半分もあげる気にはならないし」
世界の半分をと言って勇者と交渉するのも、父親の拘りだった。
まぁ、魔王は別に世界の半分を持っていないので、どう答えても最後は勇者と戦うのだが……何故か毎回、父はそれを条件に仲間になれと聞かずにはいられないようだった。
「い、行くぞ!」
おっさんが剣を振りかぶって切り下ろしてくる……が、手にしているのは普通の剣だった。
鋼鉄なので、それなりに貴重ではあるが……魔法も掛かっていない剣、普通の剣であることに変わりはない。
それよりも良くわからないのが……何故、目をつぶっている!
軽々と剣をつまんで止めた。避けるでもなく、受けるでもなく、人差し指と親指でつまんだ。
それくらい男の剣は遅かった。
「な、なんだと!」
「なんだとじゃないわよ! なんで目をつぶってんのよ!」
おっさんに向かって怒鳴った。戦いの最中に目をつぶるなんてふざけてるのかと思ったからだ。
「う、動かない……」
剣を動かそうと、おっさんがじたばたするが、おっさんの力ではビクともしなかった。
じたばたとなんだか気持ち悪い動きなので指を離すと、必死に引っ張っていたおっさんは、突然離されて……床に転んだ。
「いってぇ~」
「あんた真面目にやる気あんの?」
床に尻餅を付いている中年男の目の前に立ち、そう問い詰めると、
「いや、だって少女のスプラッターなんて見たくないし……」
「あほか!」
おっさんの顎を蹴飛ばすと、壁まで吹き飛んでしまった。
「少女なのに、魔王つえぇぇ」
「あんたが弱いだけよ」
それなりの力で蹴り飛ばしたが、死んでないし、骨も折れた様子が無いのは、一応勇者なのか?
と、少し見直し掛けたのだが、
「しかし、メイド服だけじゃなくて、パンツまでこっちのとは違うんだな」
……っ! 恥ずかしさで顔が熱くなる。多分、顔は真っ赤になってるんだろう。
「死ね! 今すぐ死ね!」
私は周囲に、何本もの紫に輝く魔法の剣を創り出した。