やらないよりは、やったほうが
「そうだったな……。原点を忘れてどうするんだ、俺は」
立ち上がり、部屋に飾られていたレイピアを手に取ってみた。
この屋敷に来た時から一度も握ったことがなかったけれど、これは本物なんだろうか。いや、さすがに練習用だからレプリカかな?
ウェインの体格であればちょうどいい大きさの剣も、今の俺にはどうしても小さく感じてしまう。俺は刃を見つめて、深呼吸をした。
「自分に出来ることから始める、もちろん剣術も磨かなきゃいけないけど基礎トレーニングも始めなきゃいけない。でもそれは怪我の具合とも相談をしながら、だ。治りかけてはいるけど、ちょっとした衝撃で開かないこともないからな。いきなり強くはなれない、でもやらないよりはやったほうがマシだ」
『そうです、その通りです! この屋敷に来てからヒロさんも弱々しくなっていたといいますか、会った時の勢いがなくなったといいますか、悩んでいた部分もあったようですからね。前を向いているヒロさんのほうが貴方らしいと私は思います。頑張りましょう!』
ルナは両手の拳をぐっと握り、ガッツポーズを決めてみせた。俺も彼女に合わせるように頷いてみせる。
そうだ、最終決戦まであと一歩のところまで来たんだ。もう弱音を吐いている暇なんてない、自分に出来る精一杯のことをしなくちゃな。
今のままじゃ、きっとアディにも、アディの母親にも歯が立たないことは俺が一番よくわかってる。
本気で相手と戦った経験もなければ、その闘志すら抱いたこともないんだから、実力の差もあってか精神面でも劣ってしまいそうな気がする。
だけど自分が膝を着いてしまったら、この辺りに住む人達はアディの母親の毒牙にかかってしまうんだ。
ルナという最大の手段を無くした以上、必ず次の手を打ってくるはずだ。もしかすると、すでに行動に移してしまっている可能性もある。
俺が負けたら本当の意味でゲームオーバーだし、そうなってしまったら取り返しがつかない。
少しでも剣を振るえるように、竹刀を握っていた頃の感覚を短期間で取り戻さなきゃいけないんだ。
そういえばさっきヴァーミリオンと会った時に頭に響いてきた、あの怒鳴り声。あれはやっぱりアディの母親だったんだろうか。
俺の勘だと、おそらくそうだったんじゃないかと思う。
自分の中に声が響いてきたってことは、まだアディの母親の呪いか何かが残滓となって残っているのかもしれない。
ヴァーミリオンが消してくれたと思っていたのに、未だに健在って。どんな執着心だよ、本当に。
だけどそれもそれで恐ろしくて、俺はルナに感じるものがないかと確認しようとして口を開きかけた時。
蹴り破るような勢いでドアが開き、部屋にヴァーミリオンが飛び込んできた。
驚きのあまり、ひゅっと息を飲み込んで、その場で固まってしまった。気配もしなかったし、足音すら聞こえなかったぞ、今の。
ノックも無しに唐突にやってきた屋敷の主に俺とルナは目を丸くして、呆気にとられた様子でヴァーミリオンを見つめた。
「――――――……」
どうしたんだろう、緊急事態か?
急いで走ってきたのか、ヴァーミリオンの頬は若干だけど赤く染まっていて、息も上がっているように見える。
ヴァーミリオンは何かを探すように必死に部屋の中を見渡し、険しい表情をしている。何がなんだかわからず、ルナと俺は互いに目を合わせて肩を竦めた。
いや、ここにいたけどそんな怖い顔をしなきゃいけないような異変、まったく感じなかったぞ? よっぽどのことでもあったのか?
そんな顔をされていたら、逆にこっちが不安になりそうだった。
「……この部屋で、なにをした? なにか、あったのか? 大きな魔力を感じた」
ヴァーミリオンは室内を怪しげに眺めては、俺に訊ねてきた。
なるほど、そういうことか。
あー、と俺は首を縦に動かした。きっとさっきルナがこの部屋に魔法円を展開させた時の魔力を感じ取ったのかもしれないと、納得した。俺はほっと息を吐き出した。
「ビックリした。誰かが攻め入ってきたのかと思った」
「は?」
「いや、そんな形相してるからさ。てっきり強盗でも侵入してきたんじゃないかって焦っちゃったじゃんか。あー、魔力な。なるほどねー、うんうん」
ヴァーミリオンの眉が苛立ちを表すように、ぴくりと動いたような気がする。
気づかなきゃよかったと思ってもすでに遅かった。ヤツがイラッとしたのがよーくわかった。
「……だからなにをしたのか聞きに来たんだが。もしかせずともやはり貴様の仕業か。マナが空っぽのくせに精霊の力を駆使し、まさかこの屋敷で悪巧みをしようとしているのではないだろうな」
ヴァーミリオンが襟元を掴みそうな勢いで詰め寄ってきたので、俺は慌てて首を横に振った。
やばい、答えを間違えるとマジで顔か頭を殴られるパターンだ。
危機感を覚えた俺はヴァーミリオンが詰め寄ってきた分、距離を置いた。勘違いされたまま暴力を振るわれるだなんて、あまりにも理不尽すぎる。
すると逃げられたことで機嫌がさらに急降下したのか、ヴァーミリオンの顔がますます怒りで染まっていった。
いやいや、そんな顔してるんだから逃げられて当然だろ……! いちいち機嫌が悪くなられても困るっての!
ヤツはレイピアを手に取ると、それを持ったまま俺に近づいてくる。
「俺のいる前でそんなことを企むなど、笑わせてくれる。今この場で成敗してくれようか。お前など炎の力を使わずともこの剣一つで十分だ」
「いやいやいやいや、勘違いですから! まったくの勘違い! 俺が悪巧みなんてすると思う!? 落ち着けよ、ヴァーミリオン!」
「ならば何をしようとした。説明してみせろ、簡潔にな。俺が納得できるようなものでなければ認めんが」
剣の切っ先を俺に突きつけて、ヴァーミリオンは鼻を鳴らした。
だからそれをベラベラと説明できたなら、なにも苦労はしないってーの。他人の気持ちも知らずにこの子はよく言うよ。
一瞬考え込む様子を見せた俺に対して、ヴァーミリオンは面白くなさそうに目を細めた。
素直に言うことを聞かない俺に、また腹が立ってきているのかもしれない。だから俺も負けじとヴァーミリオンを見つめた。
いや、だって本当に勘違いだし、そこは折れたらいけないところだ。絶対に認めません。
「それを聞いたとして、ヴァーミリオンはどうするつもりなんだよ」
「は? どうするとは、どういうことだ」
「俺は月の精霊の力を授かろうとしていただけさ。だからルナにお願いしたわけであって。で、この部屋に魔法陣を展開させてもらっただけなんだけど、なにか問題でもある? 特に屋敷に害はないし、大丈夫だと思うけど」
「……なんのために加護を受けようとしている。なにか目的があってのことだろう」
このわかりやすい説明だけじゃ納得がいかず、さらに掘り下げようとするつもりなのかとつい俺は嫌な顔をしてしまった。
ここで「はい、そうですか」と諦めてくれたらいいものを、この子は簡単には諦めてくれない。用心深いやつだと溜息を吐き出したくなった。吐いたら吐いたでまた悪態をついてくるんだろうけどさ。
「なんのため、って……。自分のため?」
「加護を受けるということがなにを意味するのか、お前はわかっているのか。ただ力が欲しいというだけで欲するならやめておけ。俺のような孤独な生き方をすることになるだけだぞ」




