正解なんて人それぞれだけど
やっぱり俺には都合の良ろしくないことを考えていた。彼女の提案に、一気に顔が引き攣っていく。
そうだね、ヴァーミリオンみたいな強い子が力を貸してくれるなら、かなり有利になるかもしれないね……。
でも俺はルナの期待を裏切るように、ふるふると首を横に振る。
無理だろう、そんなことは。確かに馬鹿正直に話してみればあいつも力を貸してくれるのかもしれないけど、俺は決めたんだ。ヴァーミリオンは巻き込まない、って。本当に、ルナには申し訳ないけど。
こっちの事情に足を踏み込ませるわけにはいかないし、この屋敷の人達に大事に想われているあいつをこれ以上傷つけさせたくない。ただでさえウェインの一件で心が傷ついているんだから、さらに俺が酷い目にあわせてどうするっていうんだ。
ルナはそんな萎れた俺の姿を見て何か察したのか、「ヒロさん」と気遣わしげに小さく名前を呼んだ。
『……なにやら訳あり、ですね。彼となにかあったのですか?』
「俺が自分の体に戻ったのって、ついこの間だろ? 本体に戻る前は違う体に意思が宿っていたわけだ。顔見知りだなんて言いつつおかしな話なんだけど、俺はあいつを知ってるけれど、あいつは本当の俺なんて知らない。あいつが信頼していたのはウェインであって、実際は俺じゃないんだ。……俺はヴァーミリオンを、ただ傷つけただけで。これ以上傷つけさせるわけにはいかない。この屋敷でたくさんの人に想われているあいつを、また俺の事情で巻き込みたくないんだ。こんなの、エゴかもしれないけどさ」
『そうでしたか。では、あの少年には何も話すつもりはない、と? ヒロさんの思っていることと、彼の考えていることは、違うかもしれませんよ』
「今は、ないよ。会いに行くのも、全部片付いてから……そう決めていたんだ」
『本当にそれでいいんですか? あの彼は、それで納得するんでしょうか。ヒロさんが一人で決めてしまったというなら、それこそ怒るのでは?』
どうしてそこでヴァーミリオンが納得するかどうかの話になるんだろう。あいつの意思は今、関係ないんじゃ? 巻き込みたくないんだから、話すはずもないのに。
『……いいえ、失礼しました。ヒロさんが決めたというのなら、それでいいのだと思います。私が迂闊に口出しするようなことではありませんでしたね。すみません、忘れてください』
ルナはそう言うと、話を切り替えるように一度咳払いをした。
そんなことを言われたら、逆に不安になるのは俺のほうだった。
決めたことなのに賛同してもらえないのは、自分が間違っているからなんだろうか。それともそう自分に言い聞かせようとしているからなのか。
いやいや、一度決めたなら揺らぐな。正解なんて人それぞれなんだと頭を振るけど、やっぱり心は晴れない。
複雑な胸中に、俺は俯いてしまう。精神的に弱いのかなぁ、俺ってば。
『なんだかんだでヒロさんも、一人で背負い込んでしまうタイプですよね……。私には入り込むことのできない仲に、少し妬けてしまいそうですね』
「えっ、今のでなんでそういう話になるんだ!? ど、どんな流れ!?」
『いえ、考えてみたんです。ヒロさんは私があの少年と同じ立場であれば、同じように話すことを拒絶したんでしょうか? それとも、包み隠さず話してくれましたか?』
俺は「う」と言葉を詰まらせる。
ルナがもし、ヴァーミリオンの立場だったら……?
そもそもの問題、ルナがいなきゃ俺がアディ達に立ち向かう対抗手段がなくなるわけなんだけど、それを含めての意味で聞いているんだろうか。
頭を悩ませていると、ルナは口元に手を当てて笑っていた。くすくすと、肩を揺らしながら笑っている。
なにかそんなにツボに入ったのか、俺にはさっぱりわからない。
どうしでそんなに笑っているのか戸惑っていると、ルナは言葉を続ける。
『それが答えですよ、ヒロさん。それが貴方の、本当の想いなんです』
それが答え? と首を傾げると、彼女は嬉しそうに首を縦に振ってみせた。
どうしてその答えを知っているルナが自分以上に嬉しそうにしているのか俺にはよくわからなかったけど、きっと悪いことではない……のかな?
だけどどうしてか妙に気恥ずかしくなって、俺はルナの目を見ることができなかった。
ニコニコと、その笑顔が眩しいと言いますか、見透かされているといいますか……。やめて、そんな顔で見ないで、と言いたくなる。
そのまま彼女の視線から逃げるようにして、ベッドに背を沈めた。
『今はまだ感情が先行して、認められないのかもしれませんけどね。あの少年ならばヒロさんを見つけてくれそうですよ。いえ、必ず見つけてくれると思います』
「俺が言わない限り、気づきもしないと思うよ」
『いえいえ、そんなことはありません! 少年が本当に貴方を信頼し、信用しているのならば絶対に気がつくはずです! もしかしたら確信が持てないだけであって、実際はどこかで気づいているのかもしれませんよ! あの目はそうに違いありません!』
実際ヴァーミリオンがどんな目をしていたのか俺にはさっぱりだけど、ルナが鼻息を荒くしてまで言うのなら、そういうことなのかもしれない。だけど、だからといって答えが変わるわけじゃないんだけどな……。
違う意味で背中に汗が滲んできた俺は、早くこの話題を切り上げたくなっていた。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、ドアを叩く音が聞こえる。
おぉっ、ここで誰かが助け舟を出してきてくれたー! とあからさまに目を輝かせてしまった。
目を向けると、申し訳なさげに顔を覗かせたのは執事さんだった。もう夕食の支度は終えたんだろうか。さっき別れたばかりのような気がしたんだけど、ルナと話す内にだいぶ時間が経っていたのかな?
執事さんの眉は八の字に下がり、どことなく困惑しているように見えなくもない。なにか困ったことでもあるんだろうか。
困り事があるなら手を貸そうかと声をかけようとすると、その後ろから執事さんの背中を押す人物がいた。
執事さんは俺の返事を聞くまで押し留まろうとするけど、それを無視して、ぐいぐいと無理に押している。
もう一人、誰か使用人さんを連れてきたんだろうかと視線を後ろに移してみれば、俺は息が詰まりそうになった。いや、その前に唾がおかしなところに入って、思わずその場で噎せってしまった。
え、えぇぇぇえ!? なんでお前がそこにいるの!?
執事さんの後ろから顔をひょっこり出したのは、さっき外で会ったばかりのヴァーミリオンだった。
「……えっ」
執事さんに気づかれないよう、瞬時にルナに目配せをする。これはまずい、本当にまずい、俺も跳ね上がりそうになるほど緊張している。
ルナもこっちを見て頷き、すぐに俺の背後へと身を潜めた。
ヴァーミリオンにはルナの存在がバレているはずだけど、それでも一応念の為、だ。なにを言われるかわからないし、いきなりルナを捕まえられてもたまったもんじゃないし。
頬を引き攣らせながら、二人に訊ねてみた。
「あの、えーっと……執事さん? と、その……ヴァーミリオン、様。な、なにか御用で……?」
「すみません、ヒロさん……。ヒロさんはだいぶ体調が良くなったといっても、まだ怪我が完治したわけではないのでお騒がせしたくなかったのですが、その、急にヴァーミリオン様が貴方に会いたいと言い出しまして。何度も言い聞かせようとしたのですが、聞き入れてもらえず。申し訳ありません……」
「俺はお前のような男がこの屋敷に来たことを聞かずにいたからな。なぜこの屋敷の主である俺の断りもなく、勝手にこの男を招き入れた、じい」




