お兄ちゃん、と呼ばれて
俺が中途半端に彼女の話を聞いてしまったから、マンガの描き方にだって横槍を入れてしまったから、それが逆にステファニーを傷つける形になってしまったんだとショックを受ける。
いつまでウェインの中にいれるかわからないのに、それでも余計な口を出してしまったから。
ステファニーもそうだけど、それ以上にウェインはワケがわからないはずだ。あの時彼女の話を聞いていたのはウェインじゃない、俺なんだ。今この状況でウェインが責められるのは、間違っている。絶対に間違っている。
だったら俺にできることって、なんだ? 今の俺にできることって、一体?
余計なことを口出しもできず、でもそのままにしておくことなんてもっとできるはずがなくて、俺はその場で戸惑ってしまった。あの日に言葉をかけたことがこうして裏目に出てしまうとは思いもしなかった。まさか、こんな風に拗れてしまうだなんて。
なんとかフォローしなきゃならない。その場しのぎでもいいから、ウェインが遠回しに責められているこの状況を変えなければいけない。
だけど、どうする。なんと伝えたらいい? 誰も傷つくことのない言葉のかけ方って、なんだ?
頭をフルで回転させ、考えを巡らせようとしたその時。ふと、ウェインと目が合った。
「……」
ウェインはじっと俺のことを見つめていた。なにか探るような目で、じーっとこっちを見つめている。
どきりと心臓が音を立て、俺もその瞳を黙って見つめ返した。どうしてか、目を逸らせないでいた。
逸らしちゃいけないような、視線から逃げてはいけないような、なんとも言い難い雰囲気が漂っているように見える。
嘆くステファニーと、それを宥めるシアンさんと執事さんを尻目に、俺達二人はしばらく視線を重ね合わせていた。
なにか言いたいことでもあるんだろうか。だからさっきからあんな熱視線を送っているのか? あまりの熱さに俺が引いてしまいそうなんだが、もしかして何かしらのシンパシーでも感じてる?
どうしたもんかと困っていると、今度はウェインがトコトコと小さな歩幅で俺の方へと向かい、歩き出した。
眉が下がり、困り果てていたその表情から一転。ウェインの目は興味津々に大きく開き、俺のことを一心に見つめている。
どうしよう、行動が読めない。考えていることもわからない。俺の方はシンパシーなんて感じられそうもないぞ、これ。
熱い視線に緊張してしまうのはこっちの方だった。
なんで俺のところへ向かって歩いてくるんだろう。どうしてそんなに瞳を輝かせながら俺のことを見つめているんだろう。こっちに近づいてきて、一体なにをするつもりなんだろう。ギクシャクしてるのは俺だけなんだろうか。
瞳が眩しい。眩しいぞ。でもそこに悪意は感じられないから、単なる純粋な気持ちでこっちを見つめているだけなのかもしれない。
ウェインは俺の前まで来るとぴたりと足を止め、見上げるようにして顔を覗き込んできた。
「……?」
くりくりとした大きな碧の瞳が俺の姿を映し出す。可愛らしい顔立ちと内気な性格を前にすると、本当に自分とは正反対なんだと改めて思い知らされる。
この見た目で中身が俺だったって考えると、可愛さ半減だし、残念ながら外見となかなかマッチしていないように思われる。だって見たまんま守ってあげたくなるようなタイプだもんなぁ、この子。
ウェインがあまりにもじっと見つめてくるものだから、俺はどことなく気まずくなり、困ったように微笑みながら首を傾げてみた。なにか言いたいことがあるなら、お兄ちゃんに話をしてごらん? といった感じで。
するとウェインは何を感じ取ったのかわからないが、俺の腰に抱きつくようにして、くっついてきた。
「……お兄ちゃん」
はいぃ!?
衝撃を受けると同時に、自然と頬が引き攣っていくのが自分でわかった。
ウェインの行動に気づいた三人が目を丸くしてこっちを見ていることにも、気づいてしまった。
お兄ちゃん。お兄ちゃん、て。
え、もしかしてウェインは俺のことに気づいていたりするのだろうか。自分の中に入り込んでいたのが俺だったということに、勘づいている? いやいや、そんなまさか。
ウェインは腰に抱きついたまま、やっぱりキラキラした目で俺のほうを見上げていて。
もう誤魔化すような乾いた笑みしか浮かんでこなかった。困った、本当に困った、どうしようと執事さんに視線を移せば、三人は関心したような眼差しでこちらを見ていて。
「……ウェイン君が」
「……なついていらっしゃいますねぇ」
「私には泣いてばかりだった、あのウェインが……。あ、ちょっと待って、なんだかいい構図」
おいおい、ちょっと待てと言いたいのはこっちのほうだ。
まだそんな関心するようなところじゃないだろうとは思うものの、ウェインは俺から離れる気配が一向になかった。別に嫌じゃないんだけど、むしろ子供に好かれるのは嬉しいことでもあるんだけれど、でも急にどうしてって不思議に思うだろ?
ステファニーに至っては頬を赤らめながら、俺達がくっついてる姿を見てニヤニヤしているし。感情が露骨に表面に出ている。そこに紙と鉛筆があればすぐ模写していたに違いないと俺は睨みつける。
さっきのシリアスなシーンはどこに行ったんだと突っ込みたいぐらい、酷い変わりようだ。鼻息まで荒くして、邪なことを考えているのは明白だった。
耐えられず、俺はウェインの肩に手を置いて問いかけた。キラキラした瞳が眩しくてやっぱり引いてしまいそうになるけれど、そこは我慢だった。
「ど、どうしたんだ? そんな顔をして、なにか困ったことでもあるのか? ……今は困っているようには到底見えないけど、まぁ、一応聞いておこう」
「……お兄ちゃん。お兄ちゃんだ」
「いや、うん、そう。お兄ちゃんなんだけど。お兄ちゃんなんですけど。ちょっといきなりくっつかれてビックリしちゃってさ! さっきまで泣いてたみたいだし、もしかしてなにかあったのかなぁって心配になったんだけど……その、色々と大丈夫?」
ウェインの瞳に圧倒され、声が尻すぼみになっていく。そのぐらい、目の前にいる少年の瞳は輝き、さっきまでそこにあった恐怖や不安がかき消されていた。
むしろ話しかけてもらえたと言わんばかりに、その眼差しは嬉しさから更にキラキラ感が増している。一体その眩しさは何を意味しているんだ。
「僕、お兄ちゃんのことを探してたんだ。いきなり消えちゃって、僕一人置いていかれたから、すごく怖くて……。お父さん達も、誰もいないし。……もう、いなくなったりしない? ずっとここにいてくれる?」
う、と言葉に詰まってしまう。答えを待っているのか、ウェインが覗き込むようにして見上げてきた。
その言葉から察するに、ウェインは初めから自分の中に俺が存在していたことを知っていたんだと、驚きを隠せなかった。詳しくは直接この子に話を聞いてみないとわからないけど、まさか意識を共有していたなんてことはない……よな?
この場に事情を何も知らない三人がいる手前、どう返事をしたらいいかわからず口ごもってしまう。下手なことは言えない、絶対に。
ここで意味深なことを口にしてしまえば、シアンさん辺りに勘繰られてしまう可能性があるからだ。さっきの二の舞にならないよう、滑って自分から墓穴を掘るわけにはいかない。
でも何も返さずにいるのも、変に思われたりするんじゃないだろうかと妙に焦る。ウェインの言葉を肯定するようにも聞こえてしまうし、俺達二人になにか接点があるようにも思われてしまうだろうし。質問攻めは勘弁したいところだ。
やんわりと、ぼやけさせるしかないよなぁ。この後のことをよく考えて。
「……君がなにを心配しているかわからないけどさ、お兄ちゃんはもうここから離れたりしないよ。みんなの平和を脅かす、悪魔の手先が現れない限りはね」
「え?」
「お兄ちゃんはヒーローだからな。ヒーローは、困っている人を見過ごせないんだ。誰かが困っているなら助けに行くし、みんなを困らせるような奴がいるなら、見つけ次第ぶっ飛ばしに行くし。だからそれまでは、ずっとここにいるよ。心配する必要はなしだ」




