比呂と、厳しい視線と
「ウェイン、どうしたの? 寝ていなくて平気なの? 気分は、どう?」
しかも近づいてきた途端質問攻めで、呆気に取られてしまう。
俺はどうもそのストレートに送られてくる視線を正面から受け止めることができず、気まずくて目を泳がせた。ウェインではないのに、ウェインの振りをしているから余計か?
へこりと、たまらず頭を下げた。
「い、いや、えーと、お取り込み中すみません。実は母さんに聞きたい事があって来たんだ。あのさ、今日の洗濯物ってもう片付けちゃった? 実は俺も洗いたい物が見つかって……。父さんが母さんに聞いてこいって言うから、聞きにきたんだけど」
「洗濯物? 今日は朝からバタバタしていたから、全部明日に回すつもりだったんだけど……。洗濯物が、どうかしたの?」
「布団ってどうやって洗ってる?」
布団? と母さんは首を傾げる。
まさか布団を洗うという概念がなく、日干しすらした事がないと言うんじゃないだろうか。今の反応は、そんな感じだ。
クリーニングに出すことができれば手っ取り早く解決できるんだけど、周囲を見渡してもそんな建物は全く見当たらない。というか、この家の生活スタイルからするに、布団を洗うためにお金をかけるという事はなさそうだ。
この集落のまわりにも店という店がないし、クリーニング店自体存在すらしてなさそうに見える。
あ、そういえば布団にくっついてる取り扱い絵表示を確認するのを忘れた。
あの布団にタグなんてくっついていたっけかなぁ、と考えつつ、まぁ水洗いができないような高級羽毛布団を使っているわけではないだろうし、多分大丈夫だろうと考える。
コインランドリーもなさそうだから、最終的には手洗いしか方法がなさそうだけど。
「布団は特に洗うなんてこと、考えもしなかったわね。今使ってるままじゃダメなの? まだウェイン用の布団も残してあったんだけど」
「えーっと、それはいいんだけどさ! ただ心機一転、気持ち良く寝る場所から変えていこうと思って! 母さん達に迷惑はかけないし、自分でやるから洗濯の仕方だけ教えてもらいたかったんだけど!」
「ウェインが一人で? 貴方は布団を持ち運びできるぐらいの力もないし、無理しない方がいいわ。布団なんていつでも洗えるでしょう?」
え、俺ってばそんなに力がないの? 自分でもどんな姿をしているのかわからない分、普通にいつもの感覚で持てると思ったんだけど。
そういえば母さんも、少し離れた場所でこっちを見てるこの姉さんも、俺が首を上に向けなければ目線を合わせることができないから、もしかするとけっこう体は小さいのかも。
うーん、十七歳だった俺にしてはどうも不自然でしかない。布団なんて軽々と持ち上げられる気しかないんだけど。持つことができて当たり前、っていうかさ。
「洗うにしたって、その坂を下ったところにある川にまで行かないと水はないのよ? まだ病み上がりなんだから、やめておきなさい」
「ならさ、干せる場所はないの? どうしてもこのおてんと……いや、太陽の光を布団に浴びせてやりたいんだよ。 こんなにも暖かくて気持ちいいんだからさ。 布団だってたまには光を当ててほしいかもしれないだろ?」
「干すなら、その家の横に物干し竿があるけれど……。貴方、本当に出来るの?」
場所さえ教えてくれるのなら無問題、ってな! やり方さえわかればあとはなんとか一人で行動できるような気がする。むしろあんな布団には寝たくないので、率先して洗わせてくださいってな。
すると横でじとりと、疑わしさを隠そうともせずに不審な眼差しでこちらを見つめる姉さんが、ぽそりと呟いた。
「……やっぱり、おかしい」
どきーん、と心臓が跳ね上がる。
怪しまれている。めちゃくちゃ怪しまれてる。
別に悪いことはしていないのに、それでも後ろめたさを感じてしまうのはなぜだろう。このお姉さんは俺がウェインじゃないことをどことなく雰囲気で感じ取っているようだ。
ウェインがどんな子だったのか俺には全くわからないし、真似なんてできるはずがないのだから、別に俺が良心を痛める事はない。それでも気まずいのは、やはりこうして隠し事をしているせいか。
そもそも俺が自分からウェインに乗り移ろうとしたんじゃないんだし、乗っ取ろうとしたわけでもないのだから、遠回しに比呂だけを責められては困る。こんな悪戯をした神様に文句を言ってほしいところだ。むしろ俺自身、そうしたいぐらいに。
背中に突き刺さる姉の視線に気づかない振りをし、俺はもう一度家の中へと戻っていった。