私は私の夢のために
それが馬車に乗っている内に違う意味での緊張にすり変わっていた。
試験のことなんてぶっ飛んでいってしまうぐらい、怖かった。
学園に着いて、嬉しくて我先に馬車から降りてしまう程、怖かったんだ。生きた心地がしなかった。
だから、降りた後に一応聞いてみた。
「どうしてステファニーがフォルトゥナ学園の試験会場に来たんだ……?」
「あら、私が騎士を見つけにこの学園を利用するのはいけないこと?」
「そ、そういうわけじゃないけど……少し気になって、さ」
「ふーん。特に気にすることはないわよ。私は、私の夢のためにここへ来たの。パートナーがいた方が、身の危険を感じることもなくなりそうだしね」
身の危険……。ステファニーも、危険を感じることがあるのか。というより、そういうところへ出向くつもりでいたのか?
社交界でも、その態度と高慢さに自然とまわりに敵も多くなるのかもしれないから、その選択しかなかったんだろうか……。見た目も抜群に可愛いから、世の女性の妬みも知らない内に買っちゃうのかもしれないな。
それに、腐女子。こんな差別と偏見の多いところで、それこそ異端である男同士の絡みをを好むだなんて、周囲に知れたら何をされるのかわからない。
ステファニーだけじゃなく、ステファニーのいる屋敷にまで石やら卵やら投げつけられそうだ。白い目を受けながら生きていかなきゃいけないなんて、辛い。
でも急な判断だよな、いきなりフォルトゥナ学園って。
「本当だったら、手っ取り早く貴方が私の騎士になってくれたらいいのにね」
「えぇ!?」
「貴方の絵が気に入ったの。この間描いてくれたような、あの、まんが……だったかしら。あれって貴方が考えて作ったものなの? もしそうなのだとしたら素晴らしい発想力よ! いつも文章でしか綴られていない本しか見たことのない私は感動したわ! 衝撃を受けたの!」
「いや、えーと……違うよ」
気に入ってくれたのなら、なによりだけど。
ステファニーが言うようにここではマンガ本自体が存在しないのかもしれないけど、でも俺の世界では当たり前のようにあったからなぁ。
だけどそれをそのまま伝えたら「こいつ、頭おかしいんじゃないか」って思われそうだし。また言葉を濁しつつ、探して……か。
「ヴァーミリオンの屋敷に来る前に住んでた集落で、風の便りで聞いたことがあってだな……」
「風の便り?」
「……噂で、そういう本があるって話を聞いたことがあるんだ。だから俺もその話で想像を活かして描いてみたってわけ。実物を見たことはないから、実際どうだかわからないけどな」
我ながら適当すぎる言い訳にビックリだ。深く突っ込まれないことだけを祈ろう。
「そうよね……。世界は広いものね。私の知らない物があっても不思議じゃないわ」
ステファニーの目が、遠くを見るように細められる。
急に意識がどこかへ飛ぼうとしているみたいだ。なんか、見てるこっちが不安になる雰囲気だよな。
「ステファニー」
「なに」
「……遠くを見ているようだったから」
そう言えば、彼女は笑った。挑戦的に、俺のほうに視線を移す。
「そんなふうに見えたかしら。だったら当然ね。私はここだけじゃなく、世界を目指しているのよ」
「世界を?」
「この狭い地方だけじゃなく、国を、他所の国を、他の大陸にある全ての国を自分の目で見てみたいのよ。ここはつまらないから」
つまらないって、どういう意味だろう。屋敷に詰め込まれているのがつまらないってことなのかな。
ステファニーも貴族だし、そろそろ勝手に親が決めつけた相手と結婚なんかもしなければいけない年頃だよな……。
貴族の娘ってだけで行動も制限されるし、やりたいこともやれなくて、彼女なりに苦悩していることがあるのかもしれないな。
「屋敷は窮屈?」
「そういう意味じゃないのよ。貴方はきっと私が貴族の娘だからって、同情的な目で見ているわよね。自由じゃなくて可哀想だとか思ってるでしょう? でもうちはお父様もお母様も、私のやりたいようにやらせてくれるし、私の意思を尊重してくれるから。実際そう不幸ではないのよ」
ステファニーはきっぱりと言い放った。
「それに、私はいずれあの家を出るわ。嫁に行くとか、そういう事じゃないからね。私は世界へ旅立つの」
「色んなものを自分の目と足で確かめたいからってことか」
「そうよ! 貴方の絵を見て、そう思ったの! だってここは差別だらけで狭い世界じゃない。自分達の常識が当たり前なんだと勘違いしてる連中ばっかり。私、そういう柔軟性のない考え方って好きじゃないのよね。押し付けられるのは好きじゃないの」
それは……俺もそうだ。
頭に浮かぶのはヴァーミリオンやガウェインさん、それにあの時出会った、浅黒い肌の少年のことだった。
例え子供だろうと、容赦のない攻撃。確かに、俺もそういうのは好きじゃない。
自分が攻撃対象にされなきゃわからないことなんだろうか。痛みを知ることはできないんだろうか。十七の俺でさえわかることなのに。十三のステファニーでさえ、気づいていることなのに。
「そういえば、貴方は私の絵を見ても誹謗中傷しなかったわね」
「俺? まぁそういう趣味だってあるだろうし、人それぞれだろ。他人の好きなものに口出しするの、好きじゃないんだ。ステファニーが好きなら、誰に文句を言われようと好きでい続けてほしいし。誰かに言われたから止めるっていうのは、おかしいと思うんだ」
「…………ますます惜しいわね」
「え、なにが?」
「なんでもないわ」
それより、いいの? とステファニーは続ける。
「早くヴァーミリオンのところに行ってあげた方がいいんじゃない?」
「あ、そうだな。騎士のくせにお前はまたどこか一人ほっつき歩いて、とか小言でネチネチ言われそうだし」
「ここはアイツにとっても敵の多い場所だからね。誰かが傍にいてあげないと陰口叩かれまくったり、挙句の果てにはどこか人気のないところに連れていかれてボコボコにされるわよ」
えっ、と体を揺らして驚く。
急いでキョロキョロと周りを見渡せば、ヴァーミリオンはすでに学園内へ一人で向かおうとしているところだった。
「げっ、これはまずい! ほら、早く行こうステファニー!」
「……私は一人でも大丈夫よ?」
「いや、一緒に行こうって! ステファニーだってここに来るの初めてなんだろ? 一人じゃ不安だろ!」
振り返ればステファニーが目を大きく開いて俺を見ていた。
あぁ、とりあえずヴァーミリオンも一人にしておけないし、ついでにステファニーも放っておけない。ここで一緒に行く、行かないのやり取りを繰り返していたら更に遅れて怒られちゃうって!
まだ驚いているステファニーの腕を取り、とにかく俺は主様の後を追う。なにか言われる前に、行動しなければ!
「ちょ、ちょっと……!」
「いいから、行こうって! 少し走るぞ!」
彼女がまだ何か言おうとしているけど、俺は知らんぷりをして走り出した。一人でいる寂しさって、嫌だよな。
とにかく、早くヴァーミリオンの後を追わなきゃ!
「おい、見ろよあれ……」
「あれが噂のフォルトゥナ卿の息子か? げぇ、今年からここに来るのかよ」
「ほら、あの人が変な力を持っているっていう、あの……」
「え、怖くない? やだ、近づかないでおこ……」
ひそひそと、嫌でもヴァーミリオンに対する非難の声が聞こえる。
受付を終えたヴァーミリオンは特に気にすることなく、ずんずんと会場へ向かって進んでいく。
俺は苛立っていた。皮肉な声が聞こえてくれば、いちいちその方向に睨みをきかせて歩いていた。わざと聞こえるように言ってるんだよな、陰口を叩く奴等って。
なんでそんなにヴァーミリオンのことを悪く言うんだろう。ヴァーミリオンが戦ってくれているから、皆は魔物に襲われることもなく平穏に暮らしているくせに。街の中でもそうだったけど、学園でもこうなのかよ……。
ここにいる受験者の中には、どれだけ現場に赴いて実戦を経験したことがあるだろう。魔物相手に剣を向けたことがあるんだろうか。
腹の中がムカムカして眉間に皺を寄せながら歩いていた俺は、振り返ったヴァーミリオンに気づくことなく、その背中に思いきりぶつかってしまった。




