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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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ヒーローは自己犠牲も厭わない

 * * *


 さて、参ったぞ。本当に参った。

 ヒーローは自己犠牲も厭わない、とかなんとか言ってみたものの、これではただ死ぬためだけに飛び込んでしまったようなものだ。

 なにがって、うーん、そのままの意味だ。油断していたって言ったらその通りだし。というか、完全に油断していたよね。

 ガウェインさんに駆け寄って目を輝かせてはしゃいでいたはいいものの、実はその間に傷を修復したらしいスライムがすぐに動き出し、近くに隠れていた子供をその体の中に呑み込もうとしていたんだ。

 しかもあの子、さっき俺がここに移動してきた時に会った、銀髪の褐色肌の子だった。気づかない内に俺の後をついてきてしまったのだろうか。

 とにかく、いち早くスライムの動きに気づいた俺は、咄嗟にその子を突き飛ばして庇ったんだ。

 あとはもうどうする事もなく、俺はぺろりとその透明な体に呑み込まれていってしまって。今、もがもがとなんとか必死に足掻いているところだったりする。

 スライムの中はさすがに酸素なんてものはなく、俺の体全体をネバネバした液体が包んでいった。動こうにも粘っこくて、どうも好きに暴れることができない。

 手ぶらで来ていたから、なにも武器になるような物は持ち合わせていないし。さて、どうしたものかと俺は考える。

 悠長に構えてはいられない。タイムリミットは俺の息がいつまで持つか、だ。暴れたところで息は上がっていくばかりだし、そう迂闊なことはできない。


「……」


 しかもなんだか、体がじわじわと侵食されていくような気がする。

 いや、なんて言ったらいいんだろう。肌がじりじり焼けていくような、焦げていくような、燃えるような感じがして、おかしいなって思ってたんだけど……って、え。

 それって、まさか……。その、まさか?


「……っ!!」


 どうにも行き着いた答えが恐ろしくて、思わず俺の口から少しばかりの酸素が漏れ出していってしまった。

 あぁっ、残りわずかな酸素が! 吐き出してしまうとつい吸ってしまいたくなるのが人間の体! 戻ってこいとは言わないけど、苦しいっ、苦しいぃー! 今すぐ酸素マスクが欲しい!

 焦る俺は、もしやこの粘ついた液体がスライムの胃液なのではないかと考えしまったのだ。

 だってさっきシアンさんが言ってたじゃないか! ちょうどその場に居合わせたおかげで聞いちゃってるんだ! 中に取り込んだものを消化ってさー!

 胃液っていったら酸だろ? だから俺、今自分の体が溶けてきてるんじゃないかって思ったんだ。溶かされようとしているから、こんなにもじりじりと肌が焼けるように痛いのかなって。しかも痛いのは体だけじゃない。顔も、頭でさえ痛い。全身が痛いんだ。

 これはまずいよ……。いや、まずいだろ!?

 外から俺はどう見えてるんだろう。人間が徐々に溶けていく様子が丸分かりなんだろうか。ここで俺が目を開けたら、眼球すらも焼けてしまうのかな。そう考えたら恐ろしくて、絶対に開けられないけどな!

 水中メガネなんかをつけているわけでもないから、開いたところで何も見えないしな。あぁ、自分が今どんな状態なのかわからない分、皮膚がめくれるぐらい酷く溶けてなきゃいいけど。……それだけで恐ろしいんですけどね。火傷したようになっているんだろうか。

 それにしても、俺の息はいつまで持つんだろう。ウェインの体ではもうそろそろ限界のような気がする。

 身動きもとれないし、この中で正拳突きやら何やらしたところで、きっと内からスライムに与えられるダメージはゼロだ。

 ガウェインさんのような特別な力でもなければ、この体は崩せない。

 そう、ガウェインさん……。

 なぜか俺の脳裏には、ヴァーミリオンの顔が浮かんでいた。ここに連れてきてくれたあいつは、今頃何してるのかなって。

 俺が呑み込まれたのを見て、鼻で笑ってるのかな。力もない奴が人を助けようとするからそんなことになるんだって、笑い飛ばしているのかな。

 それはそれで別にいいんだけど、周りの奴等がなにも言わなきゃいいな……。ヴァーミリオンが力を使ったりした時に、さっきみたいな心無い言葉を投げつけたりしたら、きっとまたあいつ、自分から――――。


「……っ、が……!」


 あ、もう限界かも。

 耐え切れず口から酸素が漏れ出していく。代わりにスライムの体液が、俺の中に流れ込んでくる。

 もう少し持つかなって思ったんだけど、肺が痛いぐらいに空気を求めている。俺の体が大きく揺れ動く。

 こうなるともうダメだ。こうなってしまったら、俺は酸素を求めて呼吸をしようと踠くばかりだ。

 息をしようにも、ここにあるのはスライムの体液ばかり。どんなに手足をばたつかせても、俺の肺に酸素は流れ込んでこない。

 川で溺れた時のことを思い出す。

 あの時も必死に酸素を求め、口や耳、鼻から水が大量に入り込んできて、苦しくて苦しくて仕方なかったんだ。するともう体には力が入らずに、あとは沈んでいくばかりだった。

 またあの日と同じ繰り返しなのかもしれない。

 今度の死に場所はスライムの体内なんて、俺ってよぽど水と相性が悪いのかな。なにか水の恨みを買うようなことでもしたんだろうか。身に覚えは全くないけど。

 でもあの時と同じで、子供を助けたことに後悔はなかった。むしろ助けずに、子供が呑み込まれていく様を見ているだけの方がよっぽど後悔することに決まっている。

 今ここにいるのが俺で良かったと思う。あの子が苦しむぐらいなら、俺が苦しんだ方がまだマシだ。

 子供が危険な目に遭うのは見たくない。俺も今は子供だけど、それはそれ、これはこれだ。

 ウェインには心の底から申し訳ないけど、俺達、もう一回死ぬことになりそうかも……。

 とほほ、と背中を丸めた時、スライムの外側からなにか強く叩くような音が聞こえた。ボコ、ボコ、とそれはかなり大きな衝撃を与えているようにも聞こえる。といっても、俺も意識が飛びそうになってるから気のせいなのかもしれないけど。

 もしかしてガウェインさんとシアンさんが必死にスライムに風穴を開けようとしてくれているのかもしれない。さっきみたいな槍を放とうにも、俺が中にいるんじゃそれもできなくて、だから地道に殴って助けだそうとしてくれているんだろうか。

 これはただの俺の憶測だけど、だとしても礼は言っておきたい。ありがとう、二人共。

 でもダメだ……もう他のことを考える余裕も無くなってきているし、外に耳を傾けようにも俺の体力が持ちそうになく、とにかくこれ以上は意識が遠ざかっていくばかりだ。踠く力さえ、もうない。指先にも力が入らないし、体は沈んでいく一方だ。

 足掻き続けたところで苦しいだけだし、ここは諦めて意識を手放してもいいんじゃないだろうか。

 今の俺じゃ、どうしたって突破口が見つからない。見つかったところで対処法すら思い浮かばないし。ここで俺にチートな能力でもあれば、スライムを中から倒すことができるのかもしれないのにな。

 ごめんな、ウェイン。俺、お前の憧れる騎士にはなれないみたいだ……。

 息を全て吐き出した時、きっと何もかもが終わってしまう。

 ふと、自嘲するような笑みを浮かべると、体が熱くなっていることに気づいた。

 スライムの体液が俺の中を焼いているのかもしれない。じわじわと、内部から食い尽くしていくように。

 こうして俺の体を消化していくつもりなんですね、わかります。俺を食べても美味しくないと思うんだけどなぁ。

 最終的には骨にまでなるのか、骨まで溶かされてしまうのか。そんな恐ろしいことを考え始めた時、俺を包む体液からぽつぽつと小さな音が聞こえ始めた。

 幻聴かな。なんだろう、この不思議な音。

 また気のせいかとも思ったけど、そのぽつぽつとした音が聞こえると同時に、俺の肌にもこそばゆい何かが少しずつぶつかるようにして触れていくのがわかった。ぷくぷくと、この下から上がっていくような気味の悪い感触。

 音はどんどん大きくなっていく。スライムの体液もどんどん熱を持っていく。俺の体も燃えるような熱さを中に溜め込んでいく。

 あぁ、もう本当に溶けてしまうんだと、完全に抗うことを忘れた時。

 ばちん、と大きな音が響いた。

 あまりの熱さに俺の体が弾けたんじゃないかと思った。熱で、心臓までやられてしまったんじゃないかって。破裂してしまったのかもしれない、だなんて。

 死んだ。終わった。これから俺の意識はどこに流れていくんだろう。また元の世界に逆もどりするんじゃないかと、そんなことを考えたのも束の間。

 今度は体が真っ逆さまに落ちていった。

 いつの間にか、熱は消えていた。音も聞こえなくなった。


「ウェイン!!」


 誰かの声が聞こえる。

 ガウェインさん? シアンさん? それとも、ヴァーミリオン?

 わっかんないなぁ……。意識が朦朧としているからか、声の判別ができない。

 このまま眠ってもいいかな、なんてぼんやりと空を眺めながら考えていると、額をなにかに覆われた。

 小さな手かな? でも、温かいな。

 その手が温かくて、気持ちが良くて、母さんみたいな手だなって。

 体の中に一瞬だけ熱いモノが流れていく。おでこから、顔に向かって、体の中を通って、それは手足の指先にまで伝わって。

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