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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
プロローグ
3/119

ヒーローと、比呂の信条


 * * *




 もがもがと水中で暴れるようにして藻掻く。

 そういえば俺、水泳は習ったことがなかったんだと今更になって思い出す。

 決して泳げないことはないんだけど、こんな流れの速い場所で泳いだ経験は一度もないんだった。いやはや、ヒーローが上手く泳げないだなんてそんな話、ある? 恥ずかしいし、これはこれで盲点だった。

 夏休みが始まったら流れるプールだとか、波の出るプールにでも行って泳ぎの特訓もしなきゃいけないなんて事をぼんやりと考えつつ、俺は自分の状況に絶望を抱いていた。

 水面に上がる事もできず、どこまでも深い川底に真っ逆さまな状態なんだけど、これは果たして生きて帰れるのだろうか。正直そろそろ呼吸を我慢するのも辛くなってきたし、ぶっちゃけると、もう限界寸前のところまできている。

 耐えきれずに息を吐き出せば、大量の水が口や鼻の中へと侵入してくる。耳の中にまで水が入ってきて、もうこれは駄目だと思った。

 どうにかして酸素を肺に送りたくて、必死に手足をばたつかせ水面を目指そうにも、すでに上手く力が入らない。ぶくぶくと、底へ沈んでいくだけだ。

 頭上を見上げれば、空に輝くお天道様の輪郭が朧げに見える。

 ゆらゆらと光を放つ太陽を見上げながら、俺の視界は徐々に真っ暗闇へと染まっていった。

 意識が薄れていく中、頭に幼い子供の声が響いた。


――――お母さん、ごめんなさい。お父さん、体が弱い僕でごめんなさい。お姉ちゃんも、いつも心配ばかりかけてごめんね。


 先程の子供の声だろうか。

 いや、でもあの時の子供よりもっと声が幼いような気がするから、多分違うのかもしれない。聞き覚えのない声に、俺は意識の中で首を傾げた。

 か細く、か弱い声で、その子は必死に家族に謝っている。まだ幼いのに、ひどく申し訳なさそうに、ごめんなさいを繰り返している。

 あまりにもその声が悲しくて、聞いているこちらが心苦しくて、俺は無意識に子供に話しかけていた。水の中で声を出すことはできないから、頭の中でその子に語りかける。きっとこの子なら、俺の意思がそのまま伝わると直感で感じたからだ。


「どうした? 君、なにか困ってるのか? 父さんや母さんにそんなに謝らなくちゃいけないぐらい、悪いことしちゃったのか?」


 だが返事が返ってくることはない。

 もしかすると知らない人に急に話しかけられて、驚いてしまったのかもしれない。でも俺は構うことなく続けた。子供が怖がらないように、できるだけ優しく言葉を伝える。


「なにか困っていることがあるなら、兄ちゃんが助けてやろうか。自分の力だけじゃどうにもできないぐらい困ったことがあるなら、遠慮なく俺を頼ってくれよ? 兄ちゃんにできることなら、なんだって助けてやるからさ」


 あまりにも度が過ぎた願いや、金銭関係のトラブルでなければ、ある程度のことは助けてやれると思ってる。

 ヒーローは、困っている人を放っておくことなんてできないんだ。弱き者には手を差し伸べ、強き者には勇ましくあれ。それが俺の信条だ。

 返事が返ってくることはなかったが、一瞬、手がなにか暖かいものに包まれたような気がした。

 実はそれが子供の手で、気づいた俺が励ますように握り返した時には、すでに意識は手放されていた。


 水中で、知らない子供の声が聞こえてくるなんて、まさかこの川で溺れて亡くなった子の魂が、語りかけてきたのではないだろうか。あの世へ連れていこうと、引っ張っていこうとしてるとか、まさかそんなこと。


 ……なんて、んなわけないか。

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