住人の嘆き、不躾な言葉
奴の体が透けているから見えてしまうのだ。その中に呑み込んだ物がとにかく綺麗に。鮮明に。
いま俺の目で確認できるのはポストとベンチと植木鉢と、あとは……どこかのお店の看板かな? ハチミツのような絵が描かれているのがわかる。
人間じゃなくても色々食べるんだな……。雑食にも程があるというか、なんというか。
でもこれならガウェインさんが応戦しつつ逃げ続けていれば勝手にお腹がいっぱいになっていくんじゃないか? 満腹になって、早く街から退散してくれたらいいのにな、とは思うものの、そう簡単に上手くいくことじゃないのはわかってる。
動きも遅いし、あまり凶暴性があるようには見えないモンスターだとほっとしたのも束の間。ガウェインさんが走っていた足を止め、くるりとスライムの方を振り返った。剣を握っている方とは反対の手を空に向かい掲げ、何かをしようとしている。
あんなところで立ち止まったら、それこそスライムの格好の餌食だと思うんだけど、大丈夫なんだろうか……。見ているこちらの方がハラハラしてしまう。
掲げていた手の平をぎゅっと強く握りしめた瞬間、ガウェインさんの手の中には光り輝く大きな槍が現れた。その長さはガウェインさんの背と同じぐらいの丈があるのではないだろうか。
彼はその槍をスライム目掛け、力いっぱい投げ飛ばす。光を纏い、槍は流星の如く宙を駆ける。
スライムの腹の辺りだと思うんだけど、とにかく中心部に槍が突き刺さり、貫通して空洞を作り、そのまま空の彼方へと飛んでいく。
「……おぉ!」
スライムの腹に、驚く程大きな穴があく。人間だったら即死レベルだ。その一撃がどのくらいのダメージを与えたのかはわからないが、スライムの動きはピタリと止まった。
俺は思わず目を輝かせ、ガウェインさんを見つめていた。
一言でいうと、かっこいい。立ち回りに隙がないというか、槍投げ選手もびっくりの素晴らしく綺麗なフォームで、俺の視線は見事に奪われてしまっていた。
腕の振り方も文句のつけどころがないと思うし、助走もつけずにあの飛距離。異世界ってすごい。これなら勝負もついてしまったんじゃないかと内心ガッツポーズを決めるが、そう思えたのも束の間だった。
近場から、なにか嘆くような、悲壮感漂う複数の声がこちらまで聞こえてきたのだ。
わーわーと今にも泣き出しそうな声が耳に届き、ガウェインさんもいるんだから今更そこまで不安になることじゃないだろうと頬をぷくりと膨らませ、つい苛立ってしまう。
なんだろう、と視線を移すと、その声は建物の影に隠れている住人達のものだった。怯えた様子を隠すこともなく、住人達は嘆いていた。
「なんだ、あの異様な力は……。あの男もおかしな力を使って魔物と戦っているぞ」
「魔物も恐ろしいけれど、あの人も怖いわ……! まさか私達にまで剣を向ける気じゃないでしょうね!? 一体誰があんな人を連れてきたの!」
「魔物を倒す代わりに、なにか高額な要求をしてきそうだな。俺達まで身包みを剥がされちまうんじゃないか? 聖騎士はどうした。応援を頼んだのか?」
「それが聖騎士の連中は他の任務に当たっているから忙しくて、手が回せないみたいよ。だからあんなおかしな力を使う、野蛮な人を寄越したみたい」
住人達はガウェインさんを遠巻きにし、好き勝手に言いたい放題だった。
なんだ、この人達は。そのあまりにも酷い言い草に、逆に俺が驚いてしまう。
魔物の手から住人達を守るために戦っているガウェインさんを前にして、力が恐ろしいだの、あの人も怖いだの、自分達まで身包みを剥がされそうだの、言い過ぎだろう。
むしろ俺からしてみたら、助けてもらっているくせにどうしてそんなことが言えるのかがわからない。理解できない。むしろ怖がるところじゃなく安心するべきところのはずなのに。
捉え方が違うのか? 助けてもらっているという感覚がないのか? 本気でそう思っているのか?
「……これでわかっただろう。おかしいのは、俺達の方なんだ」
「え?」
俺の様子に気づいたヴァーミリオンが溜息を吐き出した。
「俺やあの男にしてみたら当たり前に使える力が、普通の人間には異常なんだ。魔物と同じ目で見られている。恐れられる存在だ」
「……ぁ」
「だから俺は自分の力を受け入れられずにいた。お前は好き放題言っていたがな。これが現状だ。嫌でもわかっただろう」
ヴァーミリオンはこんな風に陰口を叩かれていたことを、知っていたんだ。気づいていた。
だからあんなにも人間不信で、力を拒絶して、いつも独りでいて……。
そう思うと、彼がこんなにも捻くれてしまった気持ちもわからなくもなかった。
あの人達は十歳になる子供の前で、平然とあんな言葉を投げつけていたのだろうか。それを聞いた子供がどう思うか、考えたりはしないんだろうか。子供は気づいていないように見えて、人一倍他人の仕草や表情に敏感だ。大人気ないというか、無神経すぎて呆れるというか。
俺は唇を噛み締めた。ここの住人達に、今この場で悪態をつく大人達に、無性に腹が立った。
そんなことはない。誰もが皆、あんな風に考えているとは思えない。俺がそうであるように。俺自身が、胸を高鳴らせているように。きっとここにも、同じような想いを胸に秘めている人達がいるはずだから。
「……でも、それでも俺は。そうは思えない」
俺は拳を握りしめる。
不躾な言葉を投げつける人間に苛立って、それでもどうにか解決できる俺じゃないことにも腹が立って。守られるべき人間が、同じ人間に牙を向いてどうするんだと噛みついてやりたくなる。一体彼等は、どうしたいんだ。
ヴァーミリオンが訝しむように目を細くし、何を言っているんだと横目で睨みつける。
「……なんだと?」
「周りの人間がその力を乏していたって、俺は恐ろしいだなんて思えない。だって、これが人を助けるための、選ばれた人間にしか与えられない力だと言うのなら、俺はすごく頼もしいと思うし……すっごく、かっこいいと思う。誇れることだと思う!」
街の住人が何をもってして、そんな風に力を忌み嫌うのかはわからない。
でも俺には、今のガウェインさんの背中は頼もしくて、力強くて、全てを預けてもいいと思える程の勇敢さと凛々しさを兼ね揃えていて。
自分にも力があれば、戦うことができるなら、隣に立って一緒に戦いたい。あの人の力になりたいと、心に火が灯った。
モンスターを倒すために、誰かを守るために力を使うなら、俺は胸を張って、誇ってもいいと思うんだ。
例え周りの人間がなんと言おうと、その力は自分にしかないものなんだから。その力を、なにか大切なものを守るために使うというのなら。それは恥ずべきことではないと思う。
ヴァーミリオンは目を丸くして俺のほうを見つめていた。信じられないと言いたいのか、こいつはアホだと呆れているのか、はたまた相手にするのも時間の無駄だと思っているのか。
スライムは腹に穴を開けた状態のまま、動きを再開させることはなかった。ぴくりと動きもしなかった。
もしかして倒した? ガウェインさんが、やってくれた!?
「……っ、ガウェインさん!」
俺はスライムが動かないのをきちんとその目で確認してから、それからガウェインさんの元へ駆け寄った。
隠れている住人達が後ろでなにか騒いでいたが、そんなことは気にしていられない。というか、気にしない! 悲観ぶって、ケチをつけるなら誰にでもできる。でもいくら文句を言ったところで、この暴れる魔物を倒すことはできないんだ。
どうしてそれがわからないんだろう。わかった上でそんなことを言っているんだろうか。
兎にも角にも俺は目を輝かせながら、ガウェインさんの傍に向かった。ガウェインさんも気づいてくれたのか、手を上げて挨拶してくれた。
「ガウェインさん、すごかったよ! 俺、こんなに胸が熱くなったのは久しぶりで感激した! やっぱりガウェインさんは俺が目指すべき人なんだって改めて痛感したよ!! かっこいいね!」
「おっ、おぉ? ウェイン、いつの間にここに来たんだ? ていうか、お前がここにいるってことはヴァーミリオンの奴も来てるのか?」
「うん、来てるよ。ほら、向こうに」
指さしたほうを向けば、だったらなんで早く加勢しに来ないんだよ、とガウェインさんは不満そうに溜め息を漏らした。
まぁ、そうだよな……。なんのために俺達がここに来たんだって話になるよな。わざわざ傍観するためだけに来たわけじゃないのになー……。
ヴァーミリオンといえば、やはりふんぞり返った様子で腕を組み、ただこちらをじっと見つめていた。いや、見下ろしていたと言ったほうがいいのか。まるでその佇まいはどこぞの王様のようだ。
お前、せめて状況を確認しに来いよ……。なんでこっちがお前の代わりに気遣って頭を低くしなくちゃならないんだよ……。
すみません、と謝れば、ガウェインさんが俺の髪をくしゃりと撫でた。
ヴァーミリオンの方に視線を移しながら、何度も髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で付ける。まるで犬を撫でるような手つきに、肩を竦めてしまった。
「なぁ、ウェイン」
「はい?」
「俺の力、怖くなかったか?」
え、と顔を上げると、こちらを見下ろす碧の瞳が微かに揺れていて。不安を隠せない様子のその色に、どうしてか息が詰まりそうになった。
ガウェインさんが、なにかに動揺している? え、どうして。なんで今更そんなことを聞くんだ? 自分が力を使ったから、なにか気にしているのか?
「気持ち悪いって、思わないのか?」
思うわけがないだろ。何を言ってるんだよ。そんなこと、思いつきもしなかった。
質問の意図に気づいた俺は、そのやるせない想いに応えるために、にこりと満面の笑みを浮かべてみせる。不安なんて一吹きで飛ばせるぐらいの微笑みを、ガウェインさんに向ける。
大丈夫だよ。貴方が不安になることなんて何もないよって、そんな想いを込めて。
例えそれがヴァーミリオンだったとしても、俺は絶対に気味悪がったりなんかしない。嘆いたりなんてしない。
「……かっこよかったよ! 改めて俺が憧れちゃうぐらいに!」
答えになっていないかもしれないけど、それだけでも十分に伝わったんじゃないだろうか。
ガウェインさんの力を初めて間近で目にしたけれど、シアンさんや他の人達が言うように怖いと思うことはなかった。恐ろしいだなんて、思えるはずもなかった。
むしろかっこよくて仕方ない。俺の目にはガウェインさんがヒーローとして映っている。
だって小さい頃ってやっぱり自分も魔法を使えたら、とか、選ばれた人間にしか抜けない剣を引っこ抜いて勇者になって魔王を倒せたら、とか、考えたりしなかったか?
その力をガウェインさんやヴァーミリオンが持っているのだとしたら、やっぱり羨ましいと思うし、憧れてしまう。
せっかく異世界転生するんだったら、俺にもなにか特別な力が欲しかった。誰かの体に生まれ変わるとか、そういう特殊なものじゃなくて。どうせだったらっていう、わがままなんだけどさ。
ガウェインさんも、俺を見下ろしてにっこりと笑ってくれた。それこそ本当に、太陽のように眩しい笑顔だった。




