もしかすると、怒ってる?
だけど今、ルナはなんて言った? えっと、闇の加護を、アディの力を与えられているって言ったか? ということは……、ということは? もしかしなくとも?
驚いた俺はルナとアディを交互に見た。
『この子がいると、ゆっくり話もできませんね。せっかく生まれたばかりで申し訳ないのですが、また眠ってもらいましょうか。今日のところは、おとなしく土に帰ってくださいね』
ルナが塊の頭を叩くと、そいつはボロボロと床に崩れ落ちていってしまった。
粉々だ。俺たちがあんなに強く叩いてもビクともしなかったのに、ルナが触れたら一瞬だ。さすがは精霊様といったところか。
「あんなに硬かったのに、一瞬で……」
『精霊の力を侮ってはいけませんよ。人間が私たちの力よりも勝るだなんて思ったら大間違いです。いくら人間にしては珍しい物を作り上げたとしても、それだけで世界をどうこうできるわけがないのに。もしかすると彼女は驕っているのかもしれませんね。この地の人々を消したとして、その後は一体どうするつもりでいるのかしら?』
ルナはまたいつものように頬に手を当てながら首を傾げているけど、俺はなんとなく違和感があった。穏やかなようでいて、でもそうではないような。ピリピリとした空気を感じる。
……もしかすると、怒ってる? ルナはアディの母親に大切な人達を消されてしまったのだから、それを含めての怒りだとしたら湧き上がってきても仕方ないのかもしれないが。
崩れ落ちた土を眺めながら、一瞬、ルナが目を細める。どうしてかはわからないけれど、背筋がぞくりとした。それを、恐いと、思ってしまった。
『でも、おかしいですね。貴方の力を使って生み出されたモノなのに、それを貴方自身が破壊しようとしているだなんて。なにか矛盾しているような、そうではないような』
言われると、アディはすこしだけ唇を噛んでしまった。図星だったんだろうか。
やっぱり、わかりやすい。なにか隠しているんだろうけど、隠せてないというか。ミステリアスな雰囲気を醸し出しているけれど、うん、幼いよな、そういうところ。子供の内から隠し事が上手ければ将来的に心配になるから、今はそうでいいのかもしれないって思うけど。
ひやりとしながらルナとアディを見守っていると、そこに間が悪くヴァーミリオンがやってきた。
「……なにがあった」
「ヴ、ヴァーミリオン! え、えーっと、これは……」
このタイミングで入ってくるのかと気遣わしげにアディを見ると、彼は崩れた土を手に取って眺めていた。なにか考えているのか、話そうとしているのか、あの表情はよく読み取れない。あれ……、さっきはあんなにわかりやすかったんだけどなぁ。
ただヴァーミリオンに今すぐ馬鹿正直に状況を説明しようとは思わなかった。騎士として、使用人としていけない判断だとは思うけど、アディ本人を前にして「この人がなにか知っている」とは言えるはずもない。さすがに空気を読んでいる。読んではいる、けど、心は苦しい。
「これはだな、その、なんと言いますか……。あっ、それよりもあの人は大丈夫なのか? 怪我はしてない? 泣いたりなんかもしてないか? ぶ、無事ならいいんだけど!」
無理矢理な話題転換すぎる気もするけど、俺はいま精一杯だからそれどころじゃない。多少強引でもしょうがない、今だけは。
ヴァーミリオンが怪訝な目でこっちを見ているけど、俺は必死なんだ。むしろ伝われ、この空気の流れ。
「……特に怪我などはしていない。だが、明らかに何かに怯えてはいた。おかしな形をした生き物がいただのと言っていたが。さて、どういうことなのか」
「そ、それならもう大丈夫だ。ルナが消してくれたから」
「……ルナが?」
答えるように、ルナが小さく頷く。
だけどヴァーミリオンの目は細められたままだ。不機嫌というか、面白くなさそうというか。その雷が俺に向けられてしまう。