疑いたくはないけれど
「……さすが術で作られただけのことはあるな。やはり、こんなモノが量産される前に、なんとか片をつけなければならない。俺は、そんなことまで望んでいない」
アディが目を閉じると、この部屋一面に黒く光る魔法円が浮かんでくる。色は違えど、ルナやヴァーミリオンが使っていたものと同じだと、すぐにわかった。
まさかとは言わないですが、ここでなにか発動させるつもりですか!? 一体どんな魔法を使うつもりで!? 場所、場所を弁えてくれ! 屋敷を破壊するのだけは勘弁してくださーい!
「……っ、それは」
「奴を闇に葬り去る」
葬り去る? 葬り去るのはいいんだけど、だからってこんな狭い部屋の中で使わなくても! なるべく部屋にある物は壊さないようにって言ったばかりでこれかよ、おいー! 俺の話、本当に聞いてた!?
お願いだからそんな大層な術は発動させてくれるなと叫ぼうとした瞬間、俺の前にルナが現れた。
『……あら。アディさんに、ヒロさん』
「ルナ! こんな絶妙なタイミングで! よかった、よく来てくれた!」
『なにか大きな力を感じ取ったので気になって来てみたら……。あらあら、まぁまぁ』
のほほんと、頬に手を当てながら塊に近づいていく。
また変に悲鳴を上げそうになって、俺は肩を上げた。いくらルナでもアイツの前に出て行ったら危なすぎる。なにをされるかわからない。
「ルナ、迂闊にそいつに近づくな! その小さな体じゃ、原型をとどめるのも無理なぐらい悲惨なことになる! グロテスクなシーンなんて望んじゃいないぞ、俺は!」
ルナが目の前で消し去られたらさすがに立ち直れない。嫌だ、嫌だ、想像するのもの嫌なぐらい生理的に無理。
よろよろとルナの元へ手を伸ばすと、振り返ったルナに笑顔で止められてしまった。
『大丈夫ですよ。この子は私に手など出せるはずもありませんから。それにしても、こんなモノまで作り出せてしまう人間がいることに驚きです。ホムンクルスだなんて、久しぶりに見たような気がしますよ』
ふわふわと塊の前に飛んでいくと、その丸い頭を小さな手で撫でた。
俺といえば、ハラハラだ。いつ光が走るかわかったもんじゃないから、とにかく落ち着かない。突き飛ばそうにも、間に合うかどうか。
だけど俺の焦りとは裏腹に、塊はルナに反応を示さなかった。さっきまでビカビカと遠慮もなくビームを発射していたっていうのに、急におとなしくなってしまった。なんだよ、それ! 俺とアディを相手にしていた時の勢いはどこに行ったっていうんだ。いや、勢いなんて戻されても困るだけなんだけどさ! それにしたってさ!
「……なんで、ルナには反応しないんだ。俺たちが見つかれば、すぐにビームが撃たれていたのに」
『私が人間ではないからですよ。この子はきっと、人間を標的にするように組み込まれて生み出されてしまったのでしょう。どうしてここに現れたのかは…………おそらく、アディさんのほうが詳しいのではないでしょうか?』
ふわりと微笑みながら言うけれど、その笑顔にプレッシャーを感じてしまう。
俺とルナは同時にアディのほうを振り返った。
「……」
すると、視線を下げて溜息を吐き出されてしまった。
そういえばこの塊を見つけた時も、なんとなーく詳しそうな雰囲気を見せていたし、もしかすると、もしかしなくても……。あまり疑いたくは、ないけれど。
「やっぱり知っているのか、アディ。まさか、だから……この屋敷に? 俺、そんなこと考えたくもないんだけど、えぇ……」
「違う。断じて違う。俺がこの屋敷に来たのは、ただの偶然だ。お前が考えているようなことは何もない」
『そうは言っても、ヒロさんが怪しんでしまうのも仕方ありませんよ。この子の体からは貴方の力を感じます。そう、闇の加護が与えられていることに。朝から胸騒ぎしていたのは、この子が近づいてきていたからかもしれません』
アディのこともあったけれど、それ以上にこの塊のほうに不安を感じていたのかもしれない。そりゃまぁ、どう見てもこっちのほうが凶悪だからな……。