丸腰のままで?
「とりあえず、アイツを放っておくことはできないだろ」
「……そうだな。ヤツがこれ以上この屋敷にいる人間達を認識する前に、排除しなければならない。皆、顔に風穴があいてしまう可能性がある。見過ごせないな」
さらりと恐ろしいことを言ってのけたような気がしたけど、これは聞かなかったことにしたほうがいいのか、もう一回きちんと確認したほうがいいのか。
「俺達以外、この部屋には入れないほうがいい。お前と一緒にいた、炎の加護を持った男もな」
「ヴァーミリオンも? でもなにかあった場合、アイツがいたほうが対処の仕様もあるんじゃ」
「またいちいち今この状況を説明するのか? 話している最中に襲われても面倒だ。ここは俺達で片付けたほうがいい。そのほうが手っ取り早い」
「でも異変を察したら、アイツはすぐにこの部屋へ飛び込んでくるんじゃないかなって思うんだけど。屋敷の主としての責任感みたいなのもあるし」
アディは俺の話を聞くと、ドアのほうを顎で指した。
見てみると、開きっぱなしだったドアはすぐに入ってこれないようにきちんと閉められていた。
「だと思って、俺が入った時点ですでに扉は閉めてある。やるぞ、ここで怪我人を出す前にな。とにかくヤツの視界に入らなければ問題はない」
アディが鞘から抜かずに剣を取り出す。そう広くない部屋での戦いだ、刃を出せば俺にぶつかる可能性もあるから鞘ごと振るうのかもしれない。
だけど俺といえば手ぶらのままだ。武器という武器を、なにも持ち合わせていない。
アディはやる気満々だけど、さて、俺はどうやって立ち向かうところなのか。単身で、拳で戦うべきか? 最近弱気になっている俺に切り抜けられる展開かなぁ……。あぁ、いかんいかん、また弱気になっているぞ。いい加減学習しろっての。
「……確かにヒーローとして燃える展開を迎えてはいるけれど、言いにくいんだけど、俺、丸腰だぞ? 月の加護もまだ授かってないし、どうする
。うーん、どうする?」
「…………」
どうするつもりなのかと、アディがじーっと俺を見つめて答えを待っている。その間にもあの塊はぺたぺたと部屋中を動き回っているし、いつ、こっちを向くかもわからないし、あー、もう! どうするよ! つうか目! 視界に入るなって言うけど、その目はどこなんだよ! わからないよ!!
「えぇい、悩んでる場合じゃない! とりあえずなんだっていい! ちりとりだって、ハエたたきだって、モップだって! 振り回せる物があればなんでもオッケー、なにかないか!?」
麺棒でもいい! 武器になるもの! なにか! と辺りを見渡して探していれば、塊の視界に入ってしまったのかまたピカリと光が走る。すぐにアディが突き飛ばしてくれて、俺の体には穴があかずに済んだけど。
やばいぐらいに、足でまとい。こんなところで足枷になってたまるかー!
「くっそ……!」
「視界に入るなと言ったばかりでコレか。上手く立ち回れよ、ヒロ。さすがに突き飛ばすにも限度がある」
「はぁ!? 上手く立ち回れっていったって……どうすれば……! 目もどこにあるのかわからないし、あんまり部屋の中の物にも被害は出したくないし……!」
混乱する俺の目に入ってきたのは、お茶を持って運ぶトレーだ。振り回すには扱いにくい物だけど、丸腰よりはマシかもしれないと考える。
やるか? これでやっちゃうか!? 叩くか、投げるか、どうするか。
「そう構える必要もない。まだ作られたばかりで動きも鈍いからな」
「確かにアレなら俺達だけでもなんとかなるかもな……。視界に入らなきゃいいわけだし、まぁ顔のパーツがどうなってるのか未だにさっぱりわかんないんだけどさ!」
とりあえず俺とアディが二手に別れて、塊の背後に回り込もうと静かに歩き出す。