第2話、天職の儀その1
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃ...。
「あら?急に泣き止んでどうしたのかしら。まあ、これで編み物にも集中できるから良かったわ。」
若い女の人の声が聞こえる。
あれ?俺、さっきまでコンビニで買い物していたはず。
俺は急に視界が真っ暗になった事、そして聞き覚えのない女の人の声が聞こえたので、不思議に思って目を開ける。
どうやら、ただ単に目を瞑っていただけだったらしい。
しかし、ここは俺が先ほどまでいた自室では無いようだ。
「・・・!・・・。」
俺は驚きのあまり、声を挙げようとしたが、言葉を発する事は出来なかった。
不思議に思い、俺は自分の手を口に当てる。
ぷにっとした、柔らかいくちびるに触れた。
変だな、俺の肌はいつもカサカサしていて、特に唇の乾燥はひどく、今の季節は常にリップクリームを塗っているはずなのに。
そして、俺が唇から手を離した際に、目にとても30を越えたおっさんのものとは思えない、とてもとても小さな、もみじのような手が視界に入った。
「・・・!?・・・!」
また叫んでしまったが、相変わらず言葉を発することが出来ない。
一体どういう事だろう?
「あらあら、むずむずしてどうしたの。もしかして外に行きたいの?
しょうがないわね、じゃあ連れていってあげるから。」
女の人がそう言い、俺の近くに歩いて来た。
そして、次の瞬間、謎の浮遊感が俺を襲った。
うおっ?!な、なんだ?
女性は、俺を自分の体に寄せ、肩の部分とケツに手を当て、そのまま歩いた。
ちょっ、胸が当たってる!いや、そもそもこの女、デカくね?
...ん、そういえば俺の手はまるで赤ちゃんのような手になっていたな。
そして、この女は俺に妙に優しい。
これは、アレでは無いのか?
俺がよく読んでいたライトノベル。その中でも特に人気のあるジャンル。そうーー、
異世界転生って奴に巻き込まれたのか?
「ほーら、ルキウス。あなたは笑っている顔が一番素敵よ。」
女性が急に止まり、俺にそう話しかけて来た。その言葉につられ、左を向くと、鏡に映った金髪碧眼の美女と、同じく金髪の美女に抱えられた赤ちゃん。つまるところ、俺の姿が写っていた。
まじかよ。
△△△
十年後の秋。
俺が転生した、『ハルベート』という世界において、10歳の秋というのはおそらく、人生で一番大事な時期を指す。
と、いうのも10歳の秋には、『天職の儀』という、人生を左右する大事な儀式がある。
『天職の儀』というのは、10歳になった子供たちが各地方の教会に集められ、そこで子供たちは神様に祈って、職業を授かる。
それを知った俺は、長年夢だった、死霊使者に慣れるのか!と、歓喜した。
しかし、死霊使者という職は禁忌とされており、もし授かった場合は、教会に連れて行かれ、強制的に転職させられると書いてあったので、俺のなりたい職は誰にも教えていない。
そこで授かる職業は、完全にランダムで、村の番長みたいな子が回復職である僧侶に、もやしみたいな痩せている子が鍛冶屋。なんてこともよくあるらしい。
ちなみに、親が張り切って、今日の朝ごはんは吐きそうになるまで無理矢理食わされた。まあ、美味しかったから良かったんだけど。
しかし、いくら自分に合わない職業であっても、授かるのは10歳。まだ子供だ。
なので、彼らは嬉しそうに自分の職業に適した技術を鍛え上げる。その姿を見ると心が痛むとは、神官の言葉だ。
自分に合わない職業でも、頑張って鍛えたら一人前に...、とは全員がなる訳では無い。
その為に、二十歳になると『転職の儀』という救済措置があるらしい。
もちろん漢字の意味のままで、10歳に授かった職業を変えるというものだ。
勿論、タダで変えれる訳では無い。
まず、鍛え上げた分が無駄になる。無駄になるというのは、鍛え上げた力や俊敏などのステータスが初期の値に戻るという事だ。
さらに、職業ランクSS以上の職には就く事が出来ず、職業ランクSSの職の人は、『転職の儀』を行う事が出来ない。
大きなのはこの四つだ。
しかし例外として、死霊使者などの禁忌とされる職を授かってしまった場合は、『天職の儀』の後、すぐに教会に行き、神官に事情を説明し、10年間修行をする事によって、『転職の儀』にて、村人に転職できるらしい。
そして今、俺は村にある教会にて、『天職の儀』の説明を受けている最中である。
俺のなりたい職業は死霊使者のみなので、もし10歳の時に別の職業を授かったら、『転職の儀』を行なうつもりだ。
ちなみに、昔読んでいた異世界転生ものの話に、幼馴染は勇者に、主人公は村人になるという話を読んだ事があったので、『天職の儀』の話を聞いた3歳の頃から俺は、仲の良い友達を作るのをやめた。
べつにボッチでは無いっ!コミュ障だからという訳ではなく、これは戦略的に友達を作らなかっただけだ。というか、中身がおっさんの子供に友達が出来ると思うか?答えは否だ!
え?この10年間をどうやって生きてきたかって?
そんなもの決まっている。読み書きを覚えるのに七年間。そして常識を覚えるのに一年間。その後、教会に置いてある本を読んでいたらいつの間にか10歳になっていたのだ。
どうだ、完璧過ぎる俺の幼少期は。『天職の儀』で魔法職を授からないと魔法は使えないそうなので、毎日倒れるまで魔法を使うという、効率厨のような事は出来なかった。
「ごほんっ。これより、『天職の儀』を行なう。子供たちは大聖堂に行くので儂について来なさい。」
青い神官服をきたジイさんが大きな声でそう言い、教会の入り口の扉を開け、さらに奥にある、一年に一度しか開かれないという『天職の儀』を執り行う為の部屋に続く扉を開けて中に入っていった。
その後に続くのは今年、10歳になった12人の俺を含む少年少女。
俺、いや俺たちはこれから授かる職に期待を抱きつつ、教会の中へと向かった。