ドリームランドは何処へ
倉木彩芽の兄、倉木聡は高校2年生の夏に事件に巻き込まれ、心身衰弱状態に陥った。仲良くしていた友人を一気に亡くしてしまったショックが大きいにも関わらず、殺人容疑までかけられた彼はあらぬ噂をかけられ、学校を退学してしまった。
彩芽は兄を巻き込んだ「真庭市山中高校生集団自殺」が発生して、間もなく小学校を転校した。学校の承認のもとで偽名を使い、電車を使って遠く離れた学校へ通学した。
兄を憎まない筈がなかった。しかし憎みきれるものでもなかった。
兄には交際している彼女がいた。小林真美。兄と同じ学校に通い、同じ予備校にも通う仲で付き合う関係に至った。彩芽はその話を真美本人から打ち明けられていた。
あれは今から6年も前の話になる。学校から帰って来た時に、自宅前で一人の女子が待機していた。しかも玄関前で。部活帰りでゆっくり休みたかった彩芽であったが、ここを突破しなくてはいけないのは勿論、気になって仕方ないのもあり、彼女が誰なのか尋ねてみることにした。大人しそうな女子高校生だ。特に危険でもないだろう。
「あの、誰ですか?」
「!?」
振り向いたその顔は、よく見れば馴染みのある顔だった。自分が今より幼い時に遊んでもらった近所のお姉さんであったからだ。彩芽は何とも言えない感動と共に興奮が沸々と湧いてくるのを身に感じた。
「真美姉ちゃん! 真美姉ちゃんなの!?」
「あはは、どうも……彩芽ちゃん」
「どうしてここに? はっ! もしかしてぇ~?」
彩芽も真美も頬を赤らめる。それからほどなくして真美から兄との交際を打ち明けられた。聡には内緒でという条件で。もっとも両親も把握していた事柄であったが。
自宅前での再会から、彩芽と真美は一緒に遊びへ出掛けるようになった。時に彩芽の友達を交えて交流することもあった。真美は大人しい性格をした女子だったが、その性格からは想像つかない程に面倒見が良い一面もあった。
何もかもが崩れたのは、それから1年経ってのことだ。真美が突如首吊り自殺をして亡くなったのだ。その日の学校に兄の聡もいたらしく、何かを知っているような素振りを見せつつも、結局何も話してはくれなかった。葬儀の日、彩芽はただ涙を流すに他なかった。何らかの恐怖に慄いている兄の姿が気になりつつも。
それから間もなくして奇妙な現象が起き続けた。
ある日学校から帰ると、自宅の応接間で一人の女子生徒と母親、そして聡が何やら話をしていた。女子の声はかなり興奮していて家中に響いているようだった。
「だからもう二度と私のことを小林さんって言わないでよ! 私だって一生懸命忘れようとしているのに! 何でわかってくれないの!!」
「いや、だからそんなつもりは……」
「何回も言っている! 私は“木庭郁美”だって! 小林真美じゃないの!!」
木庭という女子は怒りが頂点に達するとこう言い残して応接間を出た。
「そんなに『小林さん』『小林さん』言うなら、とっとと小林さんを追っかければいいのよ!!」
襖を勢いよく開けた木庭という女子が「どいて!」と彩芽を突き飛ばし、家も飛び出ていった。応接間に残った聡はずっと蒼ざめた顔をしており、母は困った顔をしながら彼の背中をさすり続けていた。
真美の自殺から何もかもが憑りつかれているようだった。兄は学校にて木庭という女子のことを真美だと発言し続けているらしい。しかし兄から後々話を聴くと、そのようにしているのは他に4人もいるのだとか。しかもその面々で旅行にいく計画がたてられているらしい。その計画を提案したのが木庭なのだから可笑しい話だ。勿論普通なら計画自体中断するのだろうけど、何を想ってなのか、旅行は結局実行された。そしてとんでもない事件が発生することとなる。
真美が自殺した日、あの日に学校で何かがあったのだ。その疑問はそれからも彩芽を悩ましていくこととなる。兄を憎みきれない理由、それはその疑問がいつまでも彩芽の心の奥底に引っかかってとれないことにあった。
それから兄の無罪が証明され、兄の不登校が始まる。そして心身衰弱が始まった頃の話になる。
その日、聡はベッドでぐっすり寝ていた。今日は目を覚ますことがないらしい。いつものようにゴミ箱の中を確認する。すると紙屑と一緒にクシャクシャにしてあった写真を見つけた。
写真は山中の大きな広場で撮ったと思われる集合写真だ。辺りは真っ暗で目を凝らさないとよく見えない。よくもまあこんな所で撮影しようと思ったことだ。
しかし写真を眺めてみればみるほどに不気味な疑問がいくつも湧いた。写真に写っている全員が満面の笑顔を浮かべているのだ。これから死ぬのだと言うのに。さらにこの写真には兄の姿がなく、兄が撮った物だと思われるが、兄はこの日ホテルにチェックインしてから一歩も出ていない事実がある(そのおかげで殺人容疑が免れた)。企画主体者の木庭もピースサインまでしてしっかり写っている。じゃあこの写真を撮った人は? 兄は誰からこの写真を譲って貰ったのか?
頭が痛くなった彩芽だったが、写真は何かの証拠になると思って彼女が保管することにした。
この翌日から彩芽は通っている中学でいじめを受けるようになった。
最初は数名の女子からによるものだったが、次第に男子も加わり、だんだん内容もエスカレートしていった。理由はない。あるとするなら、クラスの有力者による気分だとも言っておこうか。やがて彩芽は痣まで負うようになった。
もうここまでくると学校に行くのも限界だった。学校の担任教師からは勿論、両親の理解も得て遂に彼女は不登校を決断することとなった。
兄のせいではない。わかっている。しかし行き場のない怒りは牙となってその矛先を頼りがいのない兄へと向けた。
「殺してやる」
彩芽は机からカッターをとりだす。すぐに隣の兄の部屋へ向かおうと思ったのだが、引き出しの中にあった写真が変化していたことに違和感を覚えた。咄嗟に写真をとりだす。クシャクシャにしてあった写真は綺麗になっていたのだ。いや、それよりも驚くべきは写真の中身だ。
集合写真に写っている全員が首をへし折られた状態で立っていた。表情は満面の笑顔のままだ。目を何度もこすって確認するが見間違えではない。
「お久しぶり。彩芽ちゃん」
背後から声がした。
ゆっくりと後ろを振り向く。するとそこに小林真美が立っていた。
古臭いワンピース姿にポラロイドカメラを首にかけている。格好は普通だが、顔面蒼白で赤みが全くない。その顔はもはや人間のものではなかった。
大声で悲鳴をあげようと思うが、思うように声が出せない。彩芽はしりもちをついて真美を見上げた。真美は不気味なぐらいに口元を歪めてジリ……ジリ……と近づく。そしてそのまま彩芽に抱きついた。彼女の声は異常に低かった。
「ソレ、私が撮ったの。とっても綺麗でしょ?」
「真美おねぇちゃ……」
「こんな物騒な物とりだして。何をするつもりだったの?」
真美の顔が眼前に現れて彩芽の視線を掴む。彩芽はカッターを手放した。
「ゆ、赦して……」
「何をしたの? あら? 誰かを殺そうとしたの? 穏やかじゃないのね?」
「ち、違う……ち……」
「じゃあ、退屈しのぎに遊園地で遊ばしてあげる。ずっと、ずっと、ずっと」
「いやぁ……」
彩芽の背中をさする真美の手が2本から3本4本と増えて彼女の首元に迫った。
彩芽が最後にみた物。それは彼女に呪い殺された自分自身の姿だった。
∀・)読了ありがとうございました!「ドリームランドは静寂に」の番外編になります。本編で回収しときたかったことを遅れながら回収させていただきました(笑)彩芽ちゃんのモデルはコープスパーティでいう持田由香ちゃんになると思います(笑)ま~彩芽ちゃんは結構おませさんだし、実は兄のことを憎んでいるという設定だけどもね(笑)えっと、あまりいないとは思いますが、本編読んでないよって人は是非本編も宜しくお願いします☆