エピローグ
結局、篠崎はまた罰を受けそびれてしまった。それも人間にとって最も過酷と思われる罰を、通り魔に嬲り殺しにされるという千載一遇の機会を逃してしまったのだ。あのとき、サングラスかマスクか何かを用いて変装を施していれば赤髪慶一はすんなり殺してくれていたかもしれない。それが暴論であることは重々分かっていたが、それでも彼は臍を噛まずにはいられなかった。
何はともあれ、早急に罰を受けなければ。
ふと、松の木の枝に結ばれた縄が視界の片隅に映し出されたが、当然ながら篠崎はそれに近寄るような真似はしなかった。首吊り自殺が比較的平易な方法であると知ってしまった今、それを選択するわけにはいかなかった。
篠崎はおもむろに中央の池のほうへと近付いていき、その不透明な水面で腹部を顕にして浮遊している淡水魚の死骸を無感情に眺めた。
――池には、水死体がよく似合う。罪に塗れた僕にとって、この汚れきった池こそが最も相応しい死に場所であるような気がした。無論、抵抗がないわけではない。入水自殺というのはおそらく一瞬で死ねるものではないのだろうし、遺骸が成瀬川土左衛門のように膨張し、見るに耐えない姿に変異してしまうというのは別にナルシストでなくたってあまり気分のいい話ではないだろう。
しかし、それでこそ罰なのだ。心地良い罰など存在しない。
死の覚悟を決めて池の縁に立った瞬間、篠崎の足元のすぐ近くの水面から泡が立った。それはさながら、池の水底に沈殿している石の一つが彼に対して歓迎の意を表明しているかのようだった。彼は直観的に、のぞみは例の凶器をここに捨てたのだと確信した。
『霊界、輪廻転生、パラレルワールド。それらを含めた全ての世界において、篠崎慶一と倉本のぞみが二度と邂逅することなきよう僕は自身の命をかけて願います』
心のポケットから落ちた遺書は秋風に乗って宙へと舞い上がり、そして篠崎の身体は池の底へと沈んでいった。
彼とその死色の恋文が出会うことは、もう二度となかった。
(了)




