第十一話「手紙」
突然のお手紙、ごめんなさい。
クラスメートなのだから直接会って話すべきだったのかもしれませんが、篠崎くんの反応を見るのが少し怖かったので、こういう一方的な伝達手段を用いることにしました。いえ、それでは語弊があるかもしれません。あなたの反応を見るのが怖いというよりも、その反応を見た私があなたに対してどんな行動を取るのか、それがとても怖かったのです。あなたのせいで私の精神がますます掻き乱されてしまうかもしれないし、もっとはっきり言ってしまえば、あなたを殺してしまうかもしれない。
分からない。私があなたのことをよく理解できていないように――あるいは、あなたが私のことをよく理解できていないように――私は私自身のことがよく分からなくなってきているのです。観念的な話でごめんなさい。もう少し具体的に書いていくことにします。
私は、あの晩のことを思い出すたびに自責の念に駆られ、ほぞを噛まずにはいられなくなります。というのも、あのとき私があなたたちの前から逃げ出さずにあのまま一本木公園に残っていれば、謙哉くんが死なずに済んだのかもしれないのだから。これは自惚れなのかもしれないけれど、私があの場にいれば犯人は謙哉くんを殺さなかったように思えるのです。あなたは、どう思いますか? 篠崎くん。
私はあなたたちの前から逃げ出した後、すぐに自宅には帰らず、あてどもなく暗い道を歩き回って夜風に当たっていました。あなたたちの話が一段落ついたら、きっと謙哉くんからメールが届くだろうと思っていたからそれまで待つことにしたのです。別に一緒に帰ろうと思ったわけではなく、ただ単に彼よりも先に帰宅するという行為が何だかアンフェアであるように思えたのです(もちろん、公園から逃げ出した時点で既に卑怯なのは分かっていましたが)。
しかしながら、何十分経っても連絡は来ませんでした。妙な胸騒ぎを覚えた私は慌てて一本木公園に向かったわけですが……正直、倒れている謙哉くんを見つけたときのことはあまりよく憶えていないし、思い出したくもないので書きません。それでもあえて一つだけ特筆大書するとしたら――あの現場を見た瞬間、私は直観的にあなたが犯人であることに気付きました。無論、犯行の瞬間を見たわけでも謙哉くんがダイイングメッセージを残していたわけでもなく、言ってみれば根拠など全くないのですがそれでも私は自分の直感を100パーセント確信しています。
あなたが謙哉くんを殺した。横たわっている謙哉くんのすぐ傍に血まみれの石が落ちていました。それで彼の頭部を殴ったんでしょう? 執拗に、執拗に、執ように、しつように。
ねえ、なんで? あんなもので頭を殴ったら死んじゃうじゃない。どうして、そんなことも分からないの? 私が彼と付き合っていたから殺したの? もし、そうだとしたらあなたは馬鹿よ。とんでもない大馬鹿者。嘘とはいえ、あのとき私は森繁くんと付き合っていると言ったじゃない。私に彼氏がいると知った時点で、あなたは諦めると思っていたのに。私なんて嘘吐きで悪い人間なのに。それとも、私と謙哉くんが示し合わせて嘘をついていたことに腹が立ったの? だとしたら、私にあなたを責める資格なんてないのかな……。
でも、それでもあなたを責めずにはいられない。はっきり言ってしまえば、あなたが憎い。憎い。殺したいほど憎いし、そんな風に思ってしまう自分が憎々しい。
なのに、それなのに、私はどうしてあんなことをしてしまったのだろう。救急車を呼んだ後、私が何をしでかしたか。それを思い出すたびに私はひどく混乱し、胸が疼きます。
119番にかけた後、何故か私は謙哉くんの血にまみれた石を拾い上げて、そのまま一本木公園から持ち去ってしまったのです。そう、つまり私は被害者の恋人だというのに加害者にとって不利な証拠である凶器を――現場の状況を見れば、それが凶器であることは瞭然でした――わざわざ隠滅してしまったのです。ある場所に捨てたのですが、特筆すべき事柄でもないので委細は省きます。
それにしても、どうして私はそんなことをしてしまったのだろう。隠滅しなければ、あなたを刑務所に送れたかもしれないのに。逆に言えば、あなたをそんな場所に送りたくなかったからこそ私は凶器を隠滅してしまったのかもしれません。私の大事な人を奪ったとはいえ、あなたはクラスメートですから。知り合いがそんな場所に送られるというのは気分が悪いものです。だからこそ私は凶器を。いえ、そんなの言い訳ですよね。だって、もし私が犯人よりも謙哉くんのほうを愛していたのならば犯人の擁護なんてするわけがないのですから。
正直に言います。もしかすると、私はあなたのことを好きになっていたのかもしれません。私に彼氏がいると知っても諦めなかったあなたのそのひた向きな心に、そして何より私の恋人を殺してしまったあなたのその愛情の深さに、私は無意識に惹かれていたのかもしれません。一歩間違えていたら、私たちは付き合っていたのではないか――何故だか一瞬、そんなことすら思ってしまいました。そんな風に思わせるあなたが憎いはずなのに。私は謙哉くんのことが好きなはずなのに。
分からない。私は私自身の気持ちが分からない。分かっているのは、私が謙哉くんを裏切ってしまったということだけ。それも浮気なんていうレベルじゃない。私は彼の死を冒涜してしまったのです。あなたが犯した罪よりも私の罪のほうが遥かに重いことは言うまでもありません。そして、罪と罰が密接な関係であるということも。
……もう、ストーカーみたいな真似しちゃダメだからね。約束だよ。破ったら、あなたのこと全面的に嫌いになるから。
さよなら。
∮
その手紙を読み終えるや否や、篠崎は靴も履かずに自宅を飛び出していた。そんな彼に対してプライムは何か叫んでいたようだったが、彼の耳はそれを咆哮としか認識しなかったし、たとえそれが人間にとって意味のある言葉に変換されたとしても、彼のその衝動的行動を抑止することは到底不可能だっただろう。とまれかくまれ、それを無視した彼はあたかも汗血馬のようにのぞみの家の方向へ駆け出した。駆ける、駆け付ける、駆け抜ける――否、その三段活用でも物足りない。彼はこのとき、ハリオアマツバメのように翔けていたのだ。だからこそ、裸足で砂利道や茨の道を通っても全く痛苦を感じなかったのである。
――早急に、返事の手紙を彼女に渡さなければ。
心のポケットにしまった〝それ〟を落とさないように気を付けながら、彼はひたすら向かい風を突き抜けた。
しかし、結局のところ彼は彼女に返事を聞かせることができなかった。
のぞみの家の前には黒山の人だかりができていて、もうそれを見ただけで彼は目の前が真っ暗になり、やがて固い地面に墜落し、砂利だか茨だかよく分からないがとにかく何か鋭利なものが彼の身体を串刺しにした。そんな絶望的な暗闇の中で唯一、真紅色の部分があった。それが彼の血液でも、まして希望の光でもなかったことは言うに及ばない。
救急車の赤色回転灯を見ながら、彼は彼女の罪と罰が融合してしまったことを悟っていた。