Ebola 3
ある朝、スコットは起床時間になっても起きることができなかった。倦怠感と喉の痛み、どうやら熱もありそうだ。普通の風邪の症状と似ているが、ここでは最悪の事態を考えた方がよさそうだ。
起きてこないスコットを心配してエドがやってきた。
「どうした? スコット」
「入らないでください!」
「……」
「防護服を着てください。それから検査をお願いします」
「わかった……」
スコットの悪い予想は当たった。彼はエボラ出血熱に感染していた。先に感染したふたりのスタッフと同じ隔離病棟に収容された。
先の二人は明らかに重篤な状態に陥っていた。すでに意識も混濁し始めた患者に有効なワクチンも特効薬もなく、ただその症状に応じた対症治療を施すしかないのが現状だった。
スコットははっきりと死を意識した。閉じた目の中にスーザンとマルコムの笑顔が浮かんだ。ごめんなさい、僕はどうやらもうキミたちの笑顔を見ることはできないようだ。
その頃、スコット本人が知らないところで事態は大きく動き始めていた。隣国の医療機関からエボラ出血熱の未承認薬が届いた。それと同時に患者を本国へ緊急輸送して治療にあたるという方針も決まった。
ただ残念なことに先に感染した二人のスタッフにも未承認薬が投与されたが、その効果が現れる前に症状が悪化したふたりは相次いで異国の地で命を落とした。
ふたりの遺体とともにアメリカに輸送されたスコットは医療チームによる懸命の治療と、病院に駆けつけたスーザンの呼びかけで一命をとりとめたのだった。
スコットの長い話は終わった。スーザンは自分の知らないスコットの想像を絶する告白に涙ぐんだ。
「私、知らなかった。あなたがL国でひとり苦しんでいたのに……」
「いいえ、あなたが来なくてよかったと僕は真剣に思ったよ。あなたがアメリカで元気でいることだけが救いだった」
スコットはまっすぐにスーザンの目をみつめた。
「それで……その続きなんだけど、聞いてくれますか?」
スーザンは小さくうなずいた。
「半年くらい前、L国にいるマルコムからメールが届いたんです。彼は生き延びていました。マルコムは僕がエボラ出血熱で緊急輸送されたことを知って、エドの助けを借りて連絡してくれました。それから時々、Skypeやメールで連絡を取り合っていました」
「彼だったの……私ったら」
スーザンは自分の浅はかな憶測が恥ずかしくなった。
「いや、僕がこそこそしていたのが悪かったんです。もっと早くあなたに自分の気持ちを話すべきだった」
「言って」
「僕は医者になりたいという彼の志を応援したいと思うようになりました。この国で思いっきり学ばせてあげたい。サッカーボールも蹴らせてあげたい。マルコムを僕たちの養子として迎えることができないだろうか……」
「スコット」
「こんな大切な話をあなたに話すきっかけがつかめなかった。あなたにどう話せばいいのか悩んでいました」
スーザンはL国から遅れて届いた彼の荷物の中にあった古びたサッカーボールを思い出した。そのボールは結婚してからもスコットの部屋に大切な宝物のように飾られていた。
「スコット。次は私の話を聞いて欲しいの」
スコットはうなずいた。
「私は子供のころからの夢だった外科医になって、時間はかかったけど今こうして愛する人と結婚もできてとても幸せだと思っているわ」
スコットは黙ってスーザンの話を聞いていた。
「弟の妻が不慮の事故で亡くなって甥っ子たちの世話もした。だけど、もちろんそれは叔母としての立場でのこと。私の人生で、自分が母親になるということだけはかなわない夢だと諦めていたのよ」
スーザンはスコットの目を見つめて続けた。
「私をL国へ連れて行って。マルコムは私を好きになってくれるかしら? 私はあなたの話を聞いて、もうすでにマルコムのことが大好きよ」
「スーザン……」
「私たち、彼の良い両親になれるわよね」
「ありがとう、スーザン。さっそくマルコムに伝えるよ」
「私にもマルコムと話しをさせて。彼に『あなたを歓迎する』って直接伝えたいの」
「ああ、わかったよ。これから法的な手続きとかいろいろ大変だけど、あなたと一緒だったらきっと乗り越えられるよ。スーザン、あなたを愛しています」
「知っているわ、私も愛してる」
抱き合ったふたりはキスをした。