Ebola 2
ある日、スタッフがスコットに来客を告げた。ちょうど立ったまま遅めのランチをとっていたスコットが外に出ると、そこにはマルコムが立っていた。
「マルコム!」
マルコムは痩せていた。この国ではかなり裕福な暮らしをしていたマルコムが、伸びて薄汚れたTシャツを着て、もっとくたびれたサッカーボールを大事そうに抱えていた。
「マルコム!」
スコットはマルコムに駆け寄って、その細い体を抱きしめた。マルコムの手からサッカーボールが転がり落ちた。
「会いたかったよ、スコット」
「僕もだ、マルコム」
「でももう会えなくなるんだ」
「どうして?」
「母さんも父さんも死んだ。弟も死んだ。先週、おばあさんも死んじゃった。みんなエボラで死んだんだ」
「そんな……」
「もうあの家に居ることはできない。明日、妹と遠くの施設に入るんだ。だからもう会えない」
そう言いながらマルコムは泣きじゃくった。
「ごめん、マルコム……」
会いに行けなかった言い訳を今さら言ってもしょうがない。
「スコットはエボラと闘っていたんでしょ? それくらい僕にもわかるよ。だから、このボールをスコットにあげる。あげるんじゃなくて預けるんだ」
涙を手で拭きながらマルコムはサッカーボールをスコットに差し出した。
「これはキミの大切なボールじゃないか」
「だからスコットが預かってて。いつかエボラ出血熱が終結して、また前みたいに外でサッカーができるようになるまでスコットが持ってて。また一緒にサッカーやろうよ」
「わかった、約束するよ。未来のジョージ・ウェア……」
スコットは再び強くマルコムを抱きしめた。
「マルコム、ちょっと待ってて」
スコットは医療センターに戻り、急いで自分の携帯番号とアドレスをメモしてマルコムに渡した。
「もし、ネットや電話が使える環境だったら、きっと連絡して。いつまでも待ってるから」
「うん」
マルコムはメモをハーフパンツのポケットにしまうと、泣き顔のまま笑顔を作った。
「スコット、絶対にエボラをやっつけてね」
そう言うとくるりと背を向けて駆け出した。ボロボロのサッカーボールを両手で持ったままスコットはいつまでもその背中を見送った。
医療センターに戻ると、マルコムの訪問を知ったエドが近づいてきた。
「マルコムが来たんだね」
「はい」
「エボラ出血熱患者の家族との接触は注意が必要なことくらいわかっているよね。それにそのサッカーボールだけど」
「……」
「キミの気持ちは尊重したいが、そのボールは処分したほうがいい」
「できません。これだけは処分できないんです。ちゃんと消毒して密封しますから。見逃してください」
エドはちょっとだけ肩をすくめて立ち去った。
その後、マルコムから連絡が来ることはなかった。
そしてついにスコットたちの医療センターのスタッフ、医師の中にもエボラ出血熱に感染する者が出た。アメリカ人の女性看護師と男性医師、このふたりの感染が確実になった。
患者を隔離しても、防護服でどれだけ防ごうとしても、エボラはわずかな隙を見逃さずにその魔手を伸ばしてきた。