Ebola 1
消毒され死体袋に収められた妻の遺体を引き取りに来たシドニー医師は憔悴しきっていた。かける言葉も見つからなかったが、スコットや他の職員ともほとんど言葉もかわさずにシドニーは妻の亡骸とともにセンターを後にした。その行為はこれまでの気さくな彼の性格からは想像もできなかったが、家族の中からエボラ出血熱患者を出した者としては当たり前の行動だった。医師としてシドニーはエボラに感染した妻の遺体を一刻も早く医療センターの中から搬出することを何よりも優先したのだった。その頃はまだ、エボラ出血熱を発症した家族を持つ家は地域から白い目で見られることも多かった。
スコットは母親を亡くしたマルコムと幼い弟妹のことを心配した。シドニーも病院で不眠不休の医療活動に従事しているに違いない。家庭を顧みることなどできないのではないか。しかしウィルソン家にはまだまだ元気なおばあさんがいる。それだけがスコットの不安を和らげた。
エボラ出血熱はその勢いに翳りを見せる気配はなかった。それどころかスコットたち医師や研究者の努力をあざ笑うかのようにパンデミック(感染爆発)の様相を見せ始めていた。
そしてついに何よりも恐れていたこと、医療従事者へのエボラ感染が近隣の国で報告され始めた。
数か月後、徹夜明けでセンターの長椅子で仮眠していたスコットはスタッフたちの話し声で目が覚めた。
「シドニー・ウィルソンが亡くなったそうだ」
「マジか? この前奥さんを亡くしたばかりじゃないか」
スコットは跳ね起きた。
「シドニーが亡くなったって本当ですか?」
「ああ、エボラで亡くなったらしい」
「そんな……」
スコットは絶句した。マルコムたち兄妹は両親を亡くしたというのか。
「ちょっと出かけてかまいませんか? すぐに戻ります」
「スコット……ちょっといいかな」
先輩医師のエドがスコットの申し出に答える代わりに部屋を出るように促した。
寝起きのボサボサの髪と無精髭のままスコットは先輩に従った。
「スコット、シドニーの訃報には我々みんなが心を痛めている。彼はすばらしい医師だった」
「……はい」
「君がシドニーとその家族と個人的に親しかったのは知っている。でも君は今シドニーの家族の元へ行くべきではないと僕は思う」
「どうしてですか?」
「一時的な感情で行動を起こしてはいけない。継続的な支援ができないのなら行くべきではないと僕は思う。非情だと思わないでくれ」
スコットは何も言えなかった。今、マルコムのところに駆けつけて彼を抱きしめることは簡単だ。だけどそれからどうする? 自分に何ができる? エドの言うことは正しかった。
「……わかりました」
「つらいと思うが我々は今、目の前で苦しんでいる患者を救うことを最優先にすべきだと思う」
「はい」
スコットは脳裏によみがえる人懐っこいマルコムの笑顔を洗い流すように、熱いシャワーを浴びた。
その後もスコットたち医療センターの医師たちは次々と運び込まれるエボラ出血熱患者の対応に追われた。野戦病院のような凄惨な医療現場は、スコットにマルコムのことを思い出す時間さえ与えなかった。多忙のうちに月日は流れた。




