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Malcolm 3

こうしてスコットとウィルソン家の交流が始まった。

ウィルソンの家族は、妻のエマ、エマの母親、そして3人の子供たちだった。事故に遭ったマルコムには幼い弟妹がいた。

何回かウィルソン家を訪れるうちにスコットは家族の一員のように迎えられるようになった。母国を離れて長いスコットはウィルソン一家に久しぶりに家庭の暖かさを味わった。シドニーは年の離れた兄のようにフレンドリーだったし、妻のエマも心優しい女性だった。エマの母親は慈愛に満ちた老婦人で、子供たちはみんなスコットになついた。スーザンの来ないさみしさを、ウィルソン家に癒されたスコットだった。

ウィルソン家の生活水準は現地人の家庭の中ではかなり高く、マルコムも弟もしっかりと学校に通っていた。

それでも学校から帰ると近所の友達、その中には学校に通っていない子供も多かったが、マルコムも他の少年たちもL国の怪人と呼ばれたサッカー選手ジョージ・ウェアに憧れて暗くなるまでボールを追った。


食事をごちそうになるばかりでスコットは恐縮したが、何度かマルコムの宿題を見てあげたことをきっかけに、子供たちの家庭教師的な役割をすすんで買って出ることになった。

内戦が終結したとはいえ、まだまだ貧困と混乱の続く国を立て直すには教育が何よりも重要であることを知っているシドニーはスコットの申し出を快く受け入れて、深く感謝した。

もちろん医療センターの非番の日だけの家庭教師だが、子供たち、とくにマルコムはスコットの訪問を心待ちにしていた。

ある日、外でサッカーをして遊んでいる時のこと。スコットから巧みにボールを奪ったマルコムはそのまま見えないゴールに向かってシュートを決めた。


「Good shot!」


スコットの言葉にマルコムが息を弾ませながら得意げな笑顔を返した時、家から母親の声が聞こえた。


「前半終了よ。後半は食事の後ね」


巧みにリフティングしながら家に向かうマルコムにスコットがたずねた。


「マルコムはフォワード希望?」


「うん。ジョージ・ウェアみたいなマルチプレーヤーにも憧れるけど、やっぱりシュートをたくさん決めたいな。でも……」


「でも? 」


「父さんやスコットみたいな医者にもなりたいんだ」


「オーケイ。GKもFWもこなせる医者。これでいこう」


「それはちょっと難しいな」


「無理じゃないさ。セカンドキャリアとして医師や弁護士の資格を持つプロの選手なんてゴロゴロいるよ。どちらかの夢をあきらめる必要なんてないさ」


「それはアメリカでの話でしょ? この国じゃ無理だよ」


マルコムは子供ながらに自分の国が置かれた厳しい状況を理解しているようだった。

食事の後、お茶を飲みながらシドニーとスコットは最近目に見えて増えてきた原因不明の感染症と思われる病気について話した。


「原因も感染ルートもわからないから予防もできないんです。そして致死率もとても高い」


顔をくもらせるスコットにシドニーも続けた。


「僕の勤める病院でもその症状の患者が増えてきた。もっと完全に隔離しないと恐ろしいことになるような気がする」


シドニーの不吉な予言どおり、スコットがウィルソン家で食事をごちそうになるのはその日が最後になった。

のちに「エボラ出血熱」と呼ばれることになる感染症がL国や近隣の国で猛威を振るうようになるにはそれほど時間を要しなかった。

シドニーもスコットも、それぞれの勤務先で不眠不休の医療行為を余儀なくされるようになった。

マルコムはスコットとも会えず、サッカー仲間のひとりの家族からエボラ患者が出たこともあり外で大好きなボールを追うこともできなくなった。壁に貼られたジョージ・ウェアのポスターの前でひとりリフティングしてもちっとも楽しくなかった。


「マルコムくらいの男の子がエボラ出血熱の疑いで搬送されてきたりすると、彼と彼の家族はどうしているだろうと案じたよ。でもウィルソン家を訪問したり、連絡を取ったりする時間的余裕すらなかった。いつ眠っているのかわからないような毎日だった。それほどの脅威だったんだ、エボラは」


スーザンは黙って聞いていた。スコットは包帯が巻かれたスーザンの手をとりながら続けた。


「あなたのことをずっと待っていたけど、その頃にはあなたが来なくて本当に良かったと思うようになったよ。愛する人をこんな地獄みたいなところに連れてこなくてよかったと」


「ごめんなさい。私はスコットのことを忘れようとこっちでがむしゃらに働いていたわ。あの日、テレビであなたが緊急輸送されるニュースを見るまでは」


「僕は医者として医療活動も全うできないままアメリカに輸送されてきたことを恥じていた。混濁した意識の中であなたの声を聞くまでは積極的に生きたいと思わなかった。あなたの声が僕に生きる意欲を取り戻させてくれたんです」


スーザンはちょっと涙ぐんだ。


「それでマルコムと彼の家族はどうなったの?」


「ある日、医療センターに搬送されてきたエボラ患者の中にシドニーの奥さんのエマがいました。数日後、症状が悪化した彼女は亡くなりました」

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