Malcolm 2
スコットは遅れてやってくる約束のスーザンを待ちながら西アフリカのL国で医療に従事していた。その頃はまだエボラ出血熱は認知されていなくて、スコット達はHIVや別の感染症患者の治療にあたっていた。ただ原因不明の死亡率の高い奇病の噂は徐々に人々を不安にさせ始めていた。
ある日、久しぶりの休日を過ごしていたスコットは市場に向かって車を走らせていた。アメリカにいる恋人のスーザンからメールが届いたのは昨日のことだった。弟の妻がトレッキング中にグリズリー(灰色熊)による食害被害で亡くなったこと。妻を失った弟と母親を亡くした甥っ子たちの生活が落ち着くまでそちらに行けない。いつになるかわからないが必ず行くから待っていて欲しいという内容だった。
スーザンの弟家族を襲った突然の悲劇にスコットも心を痛めた。だけど彼女がやってきたらこっちで結婚する予定が無期限に延期になったことにはやはり少しのさみしさを感じたのも正直な気持ちだった。
それでもいつか彼女はやって来るんだからと自分に言い聞かせ、気分転換に市場の雑踏に身を任そうと出かけたスコットは前方の異変に気づいた。
スピードを落として近づくと一台のトラックがエンジンをかけたまま止まっていた。車を道路わきにとめたスコットはトラック前の人だかりに近づいた。その半分は子供たちだった。
医師としての直観がスコットの鼓動を早めた。
スコットの不安は的中した。人だかりの真ん中にひとりの少年が倒れていた。
「この子がトラックの前に飛び出してきたんだ!」
トラックのドライバーらしき男が早口で叫んでいた。頭から出血している少年の足元にかなり使い古されたサッカーボールが転がっていた。
「マルコム!」
「マルコム!」
一緒にサッカーをしていたと思われる友人たちが心配そうに名前を呼びながら少年のまわりを取り囲んでいた。
スコットは医師であることを告げてそのマルコムと呼ばれた少年に近づいた。頭部からの出血は少なくはなかったが外傷はそれほど深刻ではなさそうだ。ただ意識がないことが気がかりだった。
スコットは車から医療道具の入ったバッグを持ってくると手早く頭部の応急処置をした。運転してきた医療センターの車に乗せるよりも、事故を起こしたトラックの荷台の方がけが人を乗せやすいと判断したスコットは、ドライバーに運転できるかたずねた。ドライバーの男はまだ動揺しているのか激しく首を横に振った。それを見ていたひとりの青年が運転しても良いと歩み出た。スコットはその青年とともに意識のない少年をトラックの荷台に運ぶと自分はそのまま荷台に残って患部の止血に努めた。
医療センターに向かっている途中で少年が薄く目を開けた。おびえた目でスコットを見る少年の目に涙が膨れ上がった。
「大丈夫、病院に向かっているよ」
スコットがおだやかに話しかけた。痛みと自分の置かれた状況が判断できない不安から少年はガタガタ震えだした。
「サッカーしていたんだね。未来のジョージ・ウェアは果敢にボールを追いかけてトラックのラフプレーに遭ったんだね」
ヨーロッパでL国の怪人と呼ばれた憧れのサッカー選手の名前を聞いて、マルコムの目から怯えの色が消えた。
「僕はスコット。お医者さんだよ。キミは?」
「マルコム……」
「いい名前だね」
マルコムはまだ涙をためたままの目で少し微笑んだ。少年の意識が戻ったことでスコットは最悪の危機は避けられたのではないかと安堵した。
ほどなくトラックは医療センターに到着した。見慣れないトラックの荷台に非番のはずのスコットの姿を見つけたスタッフが緊急事態を察して外に出てきた。
「交通事故に遭った子供を連れてきたんです。手を貸して!」
スコットの呼びかけにスタッフのひとりは担架を取りに戻り、別の現地スタッフはトラックの荷台に乗り込んできた。
「マルコム? マルコムじゃないか!」
現地スタッフが少年の顔を見て驚いた。
「彼を知っているんですか?」
「シドニーの息子だよ」
「シドニー? ウィルソン医師の息子さん?」
「そうだよ。マルコム! 安心して。すぐにパパに連絡するからね」
少年はこくりとうなずいた。
シドニー・ウィルソン。スコットがこの医療センターにやってきて最初に出会った現地人医師のひとりがシドニーだった。
シドニーが別の病院に移るまでの短い間のつきあいだったが、勤勉で気さくなシドニーの人柄にスコットはとても好感を持ったのだった。
連絡を受けたシドニーが妻を伴ってセンターに到着した。マルコムの顔を見るまではさすがに不安そうなシドニーだったが、息子のケガが十針ほどの縫合だけで入院の必要もない程度だとわかるとほっとした表情でスコットのもとへやって来た。
「スコット。キミがマルコムを搬送してくれたんだってね。ありがとう」
「お久しぶりです。まさかシドニーさんの息子さんだったなんて」
「今日はこのままマルコムを連れて帰宅するけど、近いうちに食事に招待するからきっと来てくれ」
「はい、ありがとうございます。奥様の手料理、楽しみにしています。必ず伺います」
シドニーが差し出した手を握り返しながらスコットが答えた。




