Malcolm 1
スーザンとスコットが年齢と距離を超えて再び結ばれたのにはエボラ出血熱が大きくかかわっていた。西アフリカL国で医師として働いていたスコットがエボラ出血熱に感染して緊急輸送されたニュースを見たスーザンはアトランタの病院に駆けつけた。
生死の境をさまよっていたスコットをスーザンが呼び戻した。奇跡的に回復したスコットとスーザンは彼の両親にも認められてようやく正式に結婚したのだった。
医師であるスーザンは医療現場こそ離れたが、今でも教壇に立って学生を教えている。スコットもエボラ出血熱で死にかけた経験を情熱に変え、使命感を持って医療現場の第一線で活躍していた。
親子ほど年は離れているけれど深い愛情と強い信頼によって結ばれたスコットとスーザン夫妻は、今では職場でも地域でも奇異な目で見られることもなく充実した幸せな日々を送っていた。このまま静かにふたりだけの人生を全うするのだろうと思っていたスーザンにある日、スコットから思いもよらない提案が持ちかけられた。
少し前からスコットが何か思い悩んでいる様子にスーザンは気づいていた。付きあってからも結婚してからもお互いの気持ちを隠さずオープンにすることが二人の間の不文律だった。しかしスーザンの中にある年齢の差に対する負い目はしばしば彼女を不安に陥れた。それは夫スコットの信頼を疑うことになるので、スーザンはその不安を心の奥深くに閉じ込めてきた。
しかしある時期からスコットがスマホのメールを見て小さくため息をついたり、そのままさりげなくリビングを出て行ったりすることが多くなった。スーザンの心はざわついた。
そしてある日、彼女の不安は確信に変わった。
「……スーザンには近いうちに必ず話すよ……大好きだよ」
スコットの書斎から漏れてきたスマホかSkypeで会話する、押し殺したような夫の声を聞いたとき、スーザンは少なからず動揺した。そして近い将来、夫からある種の要求か提案が出された時には決して取り乱したりせず、これまでの深い愛情に感謝してそれを受け入れようと心に決めた。
「あの、スーザン。話があるんだけど」
夕食の片づけが終わっていつものように一日のニュースを見ながら楽しむお酒の用意をしていたスーザンにスコットが意を決したように声をかけた。
「なに?」
平静を装いながら笑顔で返したスーザンだったけど、手に持ったグラスを落としてしまった。
「大丈夫?」
割れたグラスの破片を拾おうとするスーザンにスコットが声をかけた。スコットの話の内容によっては、自分自身もこのグラスみたいに砕け散ってしまうかもしれない。
どんなに凄惨な事故の重傷患者の治療にあたる時も常に冷静だったスーザンの手が、心の動揺を反映して震えていた。スーザンは割れたグラスで右手の親指を深く切ってしまったことに気づいた。
「スーザン! 血が出てるよ、すぐに手当てしなくちゃ!」
スコットが駆け寄ってきた。
「大丈夫、これくらいなら自分で縫合できるわ」
「いくら名医と言われたあなたでも、利き手じゃない手での縫合は難しいと思うよ。僕は専門外だけどこれくらいの傷ならL国で何回も治療したよ、見せて」
スコットに手を取られてスーザンはソファーに座らされた。
「よかった、縫合が必要なほど深くは切れてないよ。しっかり止血してテーピングすれば大丈夫だよね、ドクター。しばらく食器洗いは僕にまかせてください」
スコットに手当てされているうちにスーザンは少し落ち着いてきた。スコットのこの暖かい手をいつまでも離したくはないけど、彼はまだ若い。別の女性と新しい人生を歩もうとするなら私は身を引こう。
「ありがとう、スコット。で、さっきの話だけど聞かせてくれない?」
「え? ああ。そんなに急ぐ話じゃないんだ……」
そう言いながらスコットは黙ってしまった。
「話して。これまでどんなことでも話し合ってきたじゃない」
スーザンが促した。
「うん……どこから話したらいいか」
スコットはめずらしく歯切れが悪かった。何かとても言いにくそうだった。
「好きな人ができた?」
スーザンはわざと冗談っぽく直球を投げてみた。
「え? あ……」
スコットはスーザンの言おうとしていることがようやく理解できた。
「その答えはYESでNOだ。好きな人ができたんじゃなくて、ずいぶん前からいた」
スコットの意味不明の言葉にスーザンは沈黙した。
「あなたに誤解されるような行動をとってすまなかった。きちんと話せる時期が来たら話すつもりだったんだ」
「……」
「少し長い話になるけど聞いてくれますか?」
スーザンは小さくうなずいた。
「僕がL国の医療センターでスタッフとして働いていた時のことです」




