Hometown 1
クリスマスイブを明日にひかえた午後、とある郊外の静かな町に建つギルバート家は久しぶりに集まる家族を迎える準備に大忙しだった。
イーサン・ギルバートはキッチンで妻のシンディの指示の下、かいがいしく働いていた。そしてふたごの娘セシリーと息子のグレッグはクリスマスツリーの周りに並べたギフトの位置を直したり、巨大なテディベアのラルちゃんにサンタクロースの帽子をかぶせたり、時々キッチンからもれてくる料理のいい匂いにわくわくしながら、ずっと毎日がクリスマスだったらいいのにと世界中の子供たちと同じ気持ちでいた。
「おっと、そろそろエヴァンたちを迎えに行く時間だ」
コートをはおって出かけようとするイーサンにシンディがタオルで手を拭きながら笑った。
「行ってらっしゃい。とても似合っているけどエプロンは外したほうがよりクールよ」
肩をすくめる夫にキスしてシンディは彼のエプロンを外した。
空港に向かう車の中でイーサンは過去のことを思い出していた。あの日、恋人と一緒に帰省するという弟エヴァンを迎えに行った同じ道を今日もイーサンは車を走らせていた。
弟が連れてくるのはどんな女性だろうかと期待にわくわくしながら空港に到着したイーサンを待っていたのは弟に寄り添う2メートル近い黒人の大男だった。イーサンの常識にはゲイという人間関係は存在しなかった。もちろん一般的にはLGBTと呼ばれるマイノリティの存在も知っていたし、表向きそれらの人々に理解を示すような態度をとることもできた。しかし家族の問題となると別だった。
生理的に拒絶してしまったイーサンとは逆に妻と子供たちは弟とそのボーイフレンドをごく自然に受け入れた。その姿を見てイーサンもいつしかそれが弟にとっては自然なことなのだと気づいた。
その直後に父親までもがバイセクシュアルだったという衝撃の事実を知ることになるのだが、すでに弟のカミングアウトによって免疫ができていたおかげで父親の過去もすんなり受け入れることができた。その父親は40年前のボーイフレンドと再会し、残りの人生を二人で生きることを選んで家を出た。
そして弟エヴァンも家族や友人に祝福されて同性婚をした。
クリスマス前の空港はさすがにいつもより混んでいた。駐車場に向かう列についている時、弟たちを乗せたと思われる旅客機が降下してきた。空港ロビーで出迎えるつもりだったがどうやら間に合いそうになかった。
なんとか駐車場に車をとめたイーサンは後部座席に設置したチャイルドシートに目をやった。ふたごの娘と息子が使った新生児用チャイルドシートのひとつだった。まさかこんなに早く活躍することになるとはね、イーサンの顔がほころんだ。
スマホの着信音が鳴った。エヴァンからの無事に空港に着いたことを知らせる電話だった。イーサンは足早にエントランスに向かった。
すでに大勢の搭乗者が出迎えの人と一緒になってエントランスからあふれ出てきていた。
大きなバッグを引く人々は少しの旅の疲れと、だけどクリスマスを故郷で迎えることができる安堵の表情に包まれていた。
その中にひときわ目立つおおきな人物がいた。その黒人の大男はイーサンを見つけるとたちまち人懐っこい笑顔になった。弟のパートナー、ラルフだった。
人々の流れの中からエヴァンとラルフが姿を見せた。ラルフの胸には小さなBABYが大切な宝物のように抱かれていた。代理出産で生まれたそのBABYの生物学上の父親はラルフだった。
「おかえり! エヴァン、ラルフ。はじめまして! 小さい王子様」
イーサンはラルフに抱かれたBABYの顔をのぞき込んだ。第三者の白人女性から提供された卵子とラルフの精子を人工授精させて、カリフォルニアに住む女性が代理母になり生まれた男の子。卵子提供者、代理母とのマッチングから人工授精にいたる一連のプログラムは不妊治療の権威、産婦人科医のダニー・トンプソンの手によるものだった。そのダニーはラルフの元カレだった。
「はじめまして、ザカリー。キミのおじさんのイーサンだよ」
褐色の肌を持つ健康そうなBABYはアーモンドのような目でイーサンを見つめた。
「なんてかわいいんだ! グレッグやセシリーもこんな時期があったんだな。さあ家へ帰ろう、みんなザカリーに会うのを楽しみにして待っているよ」
チャイルドシートにBABYを寝かせるのに手こずっているエヴァンを見かねて、イーサンが代わって手際よくザカリーを乗せて固定した。
「さすがにふたり同時に育てた父親はすごいね」
エヴァンが心から感心したように言った。
「エヴァンだってすぐに慣れるさ」
車を発進させたイーサンが言った。
「僕だってふたり並べておむつを替えたりできるようになるなんて思わなかったよ。ふたり同時に夜泣きしたり、同時にゲロ吐かれたり、ふたりいっしょに熱を出したり、今思い出してもよくやったと思うよ。でもうちは父さんがいてくれて助かったよ」
「なんだかあのお父さんが育児する姿ってギャップがあって素敵だわね」
ラルフが言った。
「たぶん僕たちが子供の時より孫の育児には参加したんじゃないかな? ザカリーに会わせたら父さんどんなに喜ぶかな? それよりもラルフ、ジョージアのキミの家族はザカリーに会ったの?」
イーサンの問いにエヴァンが代わって答えた。
「クリスマスをここで過ごしたらジョージアに行くんだ。動画は毎日のように送っているけどね」
「おじいさま、ザカリーにライフル教えるまで死ねないって言ってるの」
そう言いながらラルフはチャイルドシートの息子のほほにキスをした。そしてそのラルフにエヴァンがキスをした。
ルームミラーで後部座席の微笑ましい光景を見たイーサンには、ゲイカップルの弟たちの姿がごく普通の幸せな家族にしか見えなかった。血のつながりはなくてもザカリーは紛れもなく自分の甥だと思った。