プロローグ
静かに佇む一人の青年がいた。
その身を真紅のコートで覆い、手元にある本に視線を向けている。
その青年の周りには数人の男がいて、その全ての人間が各々の得物を構えて、青年を取り囲んでいる。
対して青年は、全くと言って良いほど無防備だ。更に視線は下を向いているので、状況は圧倒的に不利。
そんな一方的な状況だと言うのに、表情だけを見ると不利なのは周りを取り囲んでいる男達に見えた。皆苦虫を噛み潰した表情をして今か今かと牽制を続けている。
しかし、青年にしてみればどこ吹く風のようで視線を本から動かさない。
青年が頁を開いた刹那、しびれを切らしたのか、青年の死角から一人の男が襲いかかる。手に持つ剣を大上段から斜めに振り下ろす。
青年は後ろに眼も向けずに一歩前進。剣の間合いを外すと、剣が過ぎ去った空間に入り込み、回転蹴りを脇腹に叩き込む。
斬り込んで来た男を蹴り飛ばし、青年は本を閉じた。
「さっさと来い。日が暮れるぞ」
周りの男達を青年はけしかけるも、誰もしかけようとはしない。
全方位に視線を巡らし、誰も反応していない事を悟ると、小さく嘆息した。刹那、
「准将!」
青年の瞳が走ってくる男を捉えた。規則正しい呼吸で小走りに此方に向かってくる。
「ライハード・クールバウト准将」
「どうした? 急用か?」
名指しで──ライハードと呼ばれたのは青年だったのだろう。走って来た男に眼を向け、質問する。
「いえ、急用と言うわけではなく、ただ、アイズフェイミ中将が呼んで来いと」
青年は──ライハードは小さく舌打ちすると、毒々しげに吐き捨てる。
「何のようだよ。あいつは……」
ライハードは辺りを見回し、言い放つ。
「訓練中止だ。野暮用が出来た」
彼はそれだけ言うと、走り出した。
男が来たよりも速く、ライハードは疾走する。風の如く──否。風よりも速く疾走した。
「…………」
残された男達は数秒沈黙を続けた後、無事ですんだことに安堵の吐息を漏らす。更に、
「畜生、あんな化け物にどうやったら勝てるっつうんだよ……」
小さく吐き出したその言葉は、嫉妬と共に、畏怖の念もある。
小さく身体は震え、青白い顔で地面を殴り続けている。
「…………」
後から来た男は、その男の姿を見て、小さく嘆息し、ライハードが走っていった方へと目を向ける。
しかし、眼を向けたその時には、ライハードの姿はもう消えていた。