‐3‐ 会いたい人
放課後、夏樹は愛美と一緒に電車に乗っていた。
愛美は夏樹よりも二つ手前の駅で降りるらしく、基本的には同じ方向なので朝も電車内で待ち合わせして一緒に行こうなどと、すっかり意気投合して会話に花を咲かせていた。
その時、ある駅へと電車が到着する。
…が、その途端。
(――うっ!!)
夏樹は瞳を見開いて硬直した。
ホームに見慣れた制服の集団が沢山いたのだ。
(…ヤバイ。これ…成蘭だ…)
焦った夏樹は、
「何か混んでるからこっち行こ…」
と、さり気なく愛美の手を引くと、集団が入って来るドアから少し離れた位置へと移動した。
急に場所を移動したことに愛美は特に不自然さを感じてはいなかったようだが、ドッと入って来た成蘭の集団へと何気なく視線を向けていた。
「あれ…成蘭の男の子達だね」
気になるのか、愛美が小さな声で話しを振って来た。
「う…うん、そうみたいだね」
その集団には背を向けながらも相槌を打つ。
「成桜と成蘭って姉妹校なんだよー。知ってた?」
「うん。それらしい話は聞いた、けど…」
(実際、理事長にも会ってるし…。とは、流石に言えない…)
夏樹が成桜に転入出来たのは、成蘭と姉妹校だったからなのだ。
夏樹は『冬樹』として成蘭に在学中に、本物の兄が生存していることが明らかになり、既に死亡届が受理されていた『夏樹』に戻ることが出来た。
だが、戻れたのは良いものの、当然のことだが夏樹には八年前からの学歴等が何もない状態で。
男子生徒だった者が、実は女子でした…という、あまりにも特殊なケースから学校側もどう対処したら良いのか判らないでいる所に、ある人物が間に立って交渉をしてくれたのだ。
その『ある人物』というのが、国を動かすほどの実力者とも言われている凄い人で、実は兄を救った命の恩人であり、現在の兄の保護者でもあったりするのだが。
その人物の口添えがあったからこそ、成蘭での『冬樹』の成績が優秀だったこともあり、上手く処理して成桜への転入を学校側が認めてくれたのだった。
だから、ある意味、成蘭と成桜が姉妹校であることは、夏樹にとって感謝してもしきれない程有難いことなのだが…。
(流石に男子校から女子校へ転入っていうのは、トップシークレット、ってヤツ…なんだろうな…)
友人にも言えない事があるというのは正直辛いが、八年間『冬樹』としてその正体を隠し通してきた自分にとって、これ位のことは何でもないことのように思えた。
自らの想いに僅かに表情を曇らせている夏樹には気付くことなく、愛美は嬉しそうに言葉を続ける。
「成桜と成蘭って、女子校と男子校じゃない?本当かどうか分からないけど、両校を合併して一つの共学校にしようって話しが出たこともあったんだって」
「へぇ…。そうなんだ?」
「でも現実問題それはなかなか難しいってことで、毎年両校でのイベント交流会をやってるんだって」
「交流会?…どういうものなの?」
「イベント内容は、毎年両校の生徒会で話し合って決めるらしいんだけど、今年は合同でクリスマス・パーティーをやるって言ってたよ。超楽しみだよね♪」
「マジでっ?…っていうか、本当に?」
一瞬、素の男言葉が出掛けて、慌てて訂正をする。
(『マジで?』くらいは女子でも普通に言うか…?)
そんなことを考えながらも、今の話は聞き捨てならないと思った。
(成蘭と合同でイベントだなんて…知ってる奴等に会う機会があるかも知れないってことじゃないか…)
夏樹は、一瞬目の前が真っ暗になった。
「うん。聞いた話によるとね、毎年このイベントで成桜と成蘭のカップルが沢山出来るんだって。両校の素敵な出会いの場になってるらしいの」
そう話す愛美は瞳をキラキラさせて、うっとりしている。
「そ…それは、楽しみ、…かな?」
「楽しみだよー♪」
反応を窺うような夏樹の言葉に嬉しそうに即答している愛美を見て、可愛いなと思う。
(…女の子って、本当にこういう話題でキラキラ出来るんだな…)
無邪気な愛美の姿は微笑ましくて、夏樹はつられるように笑みを浮かべた。
自分は、なかなかそんな風にはなれそうもないな…と思いながらも。
(でも、合同イベントなら…。雅耶にも会えたりするのかな…?)
一緒に学校生活を楽しんでいた時の雅耶の笑顔を思い出して、夏樹は少し切なくなった。
愛美は、さり気なく成蘭の生徒達の方をずっと眺めていたが、声を落としてそっと耳打ちしてきた。
「実は、私ね…。成蘭の男の子で会いたい人がいるんだ…」
「会いたい人…?」
「うん。前に学校の帰りにね、貧血で倒れそうになったことがあったの。その時に、咄嗟に受け止めて助けてくれた人がいて…。その人が、成蘭の男の子だったんだ」
「へぇ…そんな人が…」
「うん。でも、その時私…具合悪かったから何も言えなくて…。その人にもう一度会って、ちゃんとお礼を言いたいんだ」
その時のことを思い出しているのか、愛美が遠い目をする。
「でも、こうして帰りの電車とかで探してはいるんだけど、なかなか会えなくて…」
「そうなんだ…」
(どんな人なんだろう。流石に、上手い具合に知ってる奴ってことも無いんだろうけど…)
その人物を探しているのか、どこか切なげに車内を眺める愛美に。
「いつか、会えるといいね」
夏樹が声を掛けると。
「うんっ。ありがとうっ。じゃあ、また明日ねっ」
愛美は笑顔で手を振って、自分の駅で電車を降りて行った。
(――会いたい人…か…)
再び走り出した電車に揺られながら、夏樹は流れてゆく景色を眺めていた。
(今頃、雅耶は部活かな…)
雅耶は部活がある為、朝は早いし帰りは遅めだ。
この時間帯に偶然電車で会うということは、殆ど有り得ないだろう。
前は学校がある日は当たり前に会えたのに、今はそれが出来ない。
離れてみて、初めてどれだけ恵まれた環境にいたのかを気付かされてしまう。
勿論、成桜でも新しく女の友達が出来て嬉しいし、充実した学校生活だと言えるのだけれど。
雅耶に会えないことが、こんなにも寂しいなんて。
(…こんな気持ちに…なるもんなんだな…)
この想いが『恋』というのかは知らないけれど。
ずっと傍にいた時よりも、雅耶への想いが募っているような感じがした。