‐2‐ 迫力ある女子校の風景
「ちょ…ちょっと、夏樹ちゃんっ。何かしたのっ?」
隣から、つんつんと袖を引きながら小さな声で話し掛けて来る愛美に。
「よく、分からない…」
夏樹は首を傾げた。
とりあえず、返答を待っているみたいなので、
「…そうですけど、何か用ですか?」
と、質問を返した。
すると――…。
「あなたっ!合気道部入らないっ!?」
「…へ…?」
突然、身を乗り出すように迫って来たその先輩に、夏樹は思い切り面食らった。
周りの上級生達は応援要員なのか、ウンウン頷いている。
「今朝の痴漢騒動を見てた子がいるのよっ。あなた凄かったそうじゃないっ?」
目をキラキラさせながら、迫力ある大きな顔で言い寄られて、夏樹の背には変な汗が流れた。
「あ…あの…?」
周囲の友人達は、ただただ先輩達のその変わりように目を丸くしている。
「何か武道とかの経験あるのっ?興味は?経験なくても全然大歓迎よっ?どうかしらっ?」
捲し立てるように迫ってくるその先輩に、タジタジになっていた時だった。
「抜け駆けは許さないよっ!!」
食堂の入口にまた別の集団が現れた。
その集団も、慌てたように夏樹達が座るテーブルへと駆け寄って来ると。
「柔道部の方が楽しいわよっ!来ないっ?」
「駄目よ、運動部なんて勿体ないわっ!野崎さんはそのボーイッシュな容姿を生かして是非演劇部に入って貰わないとっ!」
皆部活の勧誘に訪れた先輩達なのだろう。
その他の部活も交えて、何だか勝手に周囲で争奪戦のようになってしまっている。
(な…なんか…。何処かで見たことあるような光景でイヤだな…)
やはり姉妹校とだけあって、部員勧誘のノリも同じだったりするのだろうか。
以前、成蘭高校で散々な目に遭わされた『新入生勧誘イベント』を思い出して夏樹は小さく溜息をついた。
友人達とゆっくり食事をしたいのに、何やら騒ぎに巻き込まれてしまっているこの状況に、夏樹は椅子を後ろへ引くとゆっくりと立ち上がった。
上級生集団のパワフルな様子に、緊張して落ち着かないでいる友人達に何より申し訳ないと思う。
それに、すっかり周囲の注目を浴びてしまっていた。
(目立たず静かに穏やかな学校生活を送ろうとしているのに…)
ハッキリ言って迷惑なこと、この上ない。
同じテーブルにいた友人達は、突然立ち上がった夏樹の様子に驚きの表情を向けていたが、夏樹はそのまま静かに口を開いた。
「あの、お話は後にして貰えませんか?食事をしている他の方の迷惑にもなりますので…」
とりあえず波風を立てないように丁寧な口調で意見を述べる。
だが、各部の先輩集団は、既に夏樹の声も届かない程に勝手に盛り上がり、競い合っている感じだ。
(――おいおい…。少しは人の話を聞けよ。っていうか、女子の集団も男とそう変わらないんだな…)
少しだけ引き気味になりながらも、怒鳴ろうか、どうしようか迷っていた頃。
横から突然声が掛かった。
「はいっ!そこまでっ!!」
よく通る凛とした声だった。
途端、今まで騒いでいた集団がピタリ…と静かになる。
そして、皆がその声のした方向を振り返っているので、夏樹も自然とそちらへ視線を向けた。
そこには一人の女生徒が腕を組んで立っていた。
背が高く、手足の長いスラッとした、まるでモデルのような美人で、黒く長いストレートの髪が印象的だった。
制服が似合わない程ではないが、大人っぽい雰囲気を醸し出していて、沢山の女生徒達がいる中で特別目を引く存在感を放っている。
「あ…早乙女さん…」
「生徒会長…」
誰かが、口々にその名を呟くのが聞こえた。
「あなた達、周囲をよく見て御覧なさい。食堂でこんなに大騒ぎして、皆に迷惑を掛けているのが解らないの?」
「す…すみませんっ」
ついさっきまで、すごい勢いで言い争っていた先輩達が素直に小さくなっている。
「優秀な部員を確保することも大切だし、つい熱くなってしまうのも解らなくはないけれど、こんなに大勢で突然押し掛けたら、彼女だって引いちゃうわよ?彼女、困ってるじゃない」
その言葉に、先輩達の視線が一斉に夏樹へと向けられる。
そして、途端に申し訳なさそうに頭を下げると、
「ごめんね、野崎さん。部活のことは、考えておいてね」
「食事の邪魔、しちゃってごめんなさいね」
皆口々に謝罪の言葉を口にした後、あっという間にその場を去って行った。
(この人の影響力、スゴイな…。相当だ…)
内心で感心しながら、去って行く上級生達を見送っていた夏樹の傍に、その早乙女という生徒が近付いて来た。
「あなたが噂の転入生、野崎さんね?ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?ウチの学校、部活動に結構力を注いでるので、勧誘もちょっと熱が入り過ぎちゃうのよね…」
首を傾げて困ったように苦笑を浮かべる姿は、先程の威圧的な硬いイメージとは違って柔らかく、とても親しみの湧くものだった。
「そう、なんですか…。でも、ありがとうございました。助かりました」
夏樹が素直に頭を下げると、その上級生は目を奪われるような綺麗な微笑みを見せた。
「そんな大したことはしてないわ。でも、学校で何か困ったことがあったら何でも相談してね。私は、二年の早乙女薫っていうの。生徒会なんかもやってるから、興味あったら気軽に覗いてみて」
そう言うと、ゆっくりとその場を後にした。
夏樹が席に着くと、途端にテーブルが賑やかになった。
「夏樹ちゃん、凄いじゃん!早乙女さんに話し掛けられるなんてっ」
友人達が興奮気味に声を掛けて来る。
「…あの人、そんなに凄い人なの?」
少し小さめに声を落として、皆に質問すると「凄いなんてもんじゃないよーっ!」…と、余計に皆のテンションが上がった。
「早乙女さんは、成桜のアイドル的存在の人なんだよーっ。今生徒会長もやってて本当にカッコイイのっ」
(影響力があるのは、それでか…。まぁ、それだけじゃないんだろうけど…)
間違ったことを言ってないのだから当然なのだが、彼女には有無を言わせない何か威厳のようなものが感じられた。
「凄く、綺麗な人だったね…」
(あんなに綺麗な人、初めて見たかも知れない…)
思わず素になって出てきた感想を口にすると、皆が黄色い声を上げて共感した。
「でしょでしょー♪美人で勉強も出来て、スポーツ万能!本当何でも出来ちゃうんだよー」
「皆をまとめる力もあるし、うちら下級生にも優しいし…。ホント尊敬しちゃう!」
まるで異性のことを話す時のように皆が瞳をキラキラさせて盛り上がっていて、その日の昼食時間は彼女の話題で持ち切りだった。