‐1‐ 女ともだち
女の子らしく――…。
そう思って緊張していた初日は、何とか無事に終えたけれど。
ちょっと、待って。
女の子達って結構パワフル!?
思わぬカルチャーショックに見舞われるオレ。
…っていうか…。
オレなんか、全然大人しい方なんじゃ…?
(…あ!『ワタシ』だった…)
――転入から三日目の朝。
夏樹は通学の為、混み合った電車に揺られていた。
成桜女学園は、以前通学していた成蘭高校への降車駅より三つ先の駅で降りる。
その為、電車内を見渡せば、見慣れた制服もチラホラと見掛ける程だった。
(知ってる奴なんかに出くわしたら最悪だよな…。それだけはマジ勘弁して欲しい…)
今まで『冬樹』として通学していた電車よりも、少し早い時間に乗るようにはしているのだが、何処で誰が見ているとも限らない。
夏樹は電車の隅へと乗ると、出来るだけ目立たないように、僅かに顔を伏せるようにしていた。
降車駅までは、まだ少しある頃。
ふと気が付くと、すぐ傍にも同じ制服を着た女の子が吊革に掴まって立っていた。
だが、何処かそわそわと落ち着かない。
(何だ…?何かあったのかな…?)
混み合った車内には、身動きが取れない程ではないが多くの人がひしめき合っている。
そんな中、挙動不審に動くさまは何処か違和感を感じて。
夏樹は意識して観察をするように、その女生徒が見える位置まで少しだけ動くと。
(――なっ?アイツ!!)
その女生徒の斜め後ろに立っているサラリーマン風の男の手が、不自然に彼女のスカートの裾へと伸びていたのだ。
その卑劣な行為に、夏樹は目を光らせる。
無意識に身体が動いていた。
夏樹は、その男の手を思い切り掴み上げた。
「この、痴漢野郎めッ!!」
「うわっ!!」
車内は騒然とした。
当然のように周囲からは注目を浴び、慌てた男は腕を振り払って逃げようとするが、
(…逃がすかッ!)
咄嗟に夏樹は、その腕を捻り上げる。
「痛…たたたッ!」
その手を離すことなく次の駅まで耐えると、その男を連行するように無理矢理引き摺り降ろし、駅員へと差し出したのだった。
駅員へと引き渡すと男は素直に犯行を認めたので、そのまま連行されて行った。
それを駅のホームで見送って。
一つ小さく溜息をついたその時だった。
「あ…あの…」
不意に後ろから声を掛けられ、慌てて振り返ると。
そこには、先程被害に遭っていた同じ学校の女生徒が立っていた。
「…あ…」
(ヤバイ…。つい、卑劣な真似が許せなくてカッとなってしまったけど…)
車内で騒ぎ立てられ、注目を浴びてしまった彼女は、もしかしたら嫌な気持ちになったかも知れない。
瞬時にそう考えた夏樹は、すぐさま頭を下げた。
「ごめんっ!勝手なことしてっ!」
「…えっ?」
「嫌な思い、しただろ?あんな風に車内で騒ぎ立てちゃって…。アンタの気持ち考えてなかった。ホントごめんっ!」
心底申し訳なさそうに頭を下げている夏樹に。
その女生徒は、初めは驚いたように目を見開いていたが、
「ううん…違うの。…助けてくれてありがとう」
そう言うと、彼女の方も頭を下げた。
「すごく、怖くて…嫌だったの。だから、助けてくれて嬉しかったんだ。本当にありがとう。…野崎さんって、勇気あるんだね」
そう笑顔を向けられて。
「…え…?」
自然に名を呼ばれて、思わず固まった。
(――もしかして…同じクラスだったりする?…のかな?)
流石にまだ、クラスメイト全員の顔を覚えられてはいない。
戸惑っている夏樹の様子に、彼女はクスッと笑うと。
「私、野崎さんと同じクラスなんだよ?坂下愛美っていうの。よろしくね」
そう言って微笑んだ。
「あ…。うん、こちらこそ。よろしく…」
それが、初めて女の子の友達が出来た瞬間だった。
二人して途中下車してしまったので、再び続いて入って来た電車に飛び乗ると一緒に学校へと向かった。
いざ、学校へ行ってみると、愛美の席は割と自分の席と近い所にあり、自分の記憶力の無さに思わず心の中で苦笑してしまう夏樹だった。
朝の痴漢撃退をきっかけに仲良くなった夏樹と愛美は、休み時間も一緒に過ごすようになり、愛美と仲良くなったことで他のクラスメイト達も話し掛けやすくなったのか、夏樹に声を掛けて来るようになり、少しずつクラスメイトの中にも馴染んでいくのだった。
そして、昼休み。
夏樹は愛美を含めた数人の友人達と食堂へ向かっていた。
成桜女学園は成蘭高校と同じ学校法人が経営する、いわゆる姉妹校である。
その為か、施設の充実さや校風が成蘭高校と似通った所が幾つもあった。
夏樹としては、お気に入りだった成蘭の学食と同等の充実さを備えている成桜の学食に心から感謝をしていた。
(今までと同じように、学校でしっかりご飯食べられるのは、本当ありがたいよな…)
独り暮らしの身なので、この一食は大きいのだ。
成蘭の友人達とわいわいやってた楽しい時間を思い出してしまうと、少し辛いけれど。
(――今頃、雅耶達も食堂へ行ってる頃なのかな…)
そんなことを考えながら、友人達と同じテーブル席に着いた時だった。
「ちょっと、良いかしら?」
突然、夏樹の周りに数人の上級生達が取り囲むように列を作った。
「……?」
夏樹は平然とその上級生達を見上げていたが、周りの友人達は、突然現れた集団に不穏な空気を感じて、萎縮気味だった。
「あなたが、最近転入してきた1年E組の野崎さん?」
一人の大きな…若干強そうな女生徒が夏樹を見下ろして来る。
その値踏みするような不躾な視線を、夏樹は平然と受け止めていた。