‐4‐ 勇気をくれるお守り
「…雅耶…?」
夏樹は言っている意味が分からないらしく、首を傾げている。
そんな様子に、雅耶は微笑みを浮かべると。
「今日は顔を見に来ただけだからさ。あと、これだな…」
そう言ってポケットから小さな包みを出すと、夏樹の目の前に掲げた。
「…これ?」
「うん。これを渡したくて寄ったんだ」
キョトンとしている夏樹の手の上に、それをそっと乗せると、雅耶はにっこりと笑って「それ、おみやげ」…と、笑顔を見せた。
「これ…貰っていいの?」
可愛い柄の入った小さな袋。
「そ。この前の遠足のお土産なんだ」
そこまで、聞いて。
以前、学校の年間行事の中に、そんな項目が書いてあったのを思い出す。
「ありがとう。…何処へ行ったんだっけ?…楽しかった?」
その袋を眺めながら、聞くと。
「野郎ばっかりの集団で、某テーマパークだぞ?微妙だろ?」
苦笑を浮かべながら、オーバーに雅耶が言った。
(でも、きっと…何だかんだで楽しかったんだろうな…)
いつも一緒に行動していたメンバーを思い出して、夏樹は遠い目になった。
トラブルは多々あったものの、今思えば成蘭の学校生活は楽しいことばかりで。
そして、何より気の良い友人達に恵まれていたと思う。
そんな中に『冬樹』として自分が居たのが、まるで嘘のように…。随分と昔のことのように感じた。
そんな夏樹の様子に気付いた雅耶は、穏やかな微笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、お前がいる時に一緒に行きたかったなー。そしたら、もっと楽しめたと思うのにさ」
「…雅耶…」
「ま、そんなこと言ってたらキリないんだろうけどな。お前が『夏樹』に戻れたことの方が大事だし…贅沢言ってちゃ駄目だよな?」
肩をすくめて笑う雅耶に。
気を使わせていると分かっているけど、そんな優しさが何だか心に沁みて。
夏樹もつられるように笑顔を見せると、
「…開けてみても、いいかな?」
手の中の袋を小さく掲げて見せた。
「もちろん」
その小さな袋をその場で開いてみると――…。
「これ…」
中には、ボールチェーンのついた小さなマスコットが入っていた。
そのテーマパークの人気キャラクターのものだ。
(か…可愛い――…)
夏樹は、瞳をキラキラさせると。
「あ…ありがと」
嬉しそうに雅耶を見上げた。
そんな夏樹の様子に、雅耶は少しだけホッとしたような表情を見せた。
――本当は迷っていたのだ。
夏樹がこういう、いかにも女の子が好きそうな物を好むのかどうか、少し不安だった。
学校等で見る限り、文具から何までそういうキャラものは一切所持していなかった夏樹。
『冬樹』として過ごして来たからなのかも知れないが、男でもそういうものを好む者は多々いる。携帯ストラップやキーホルダーなど、何もついていない者を探すのことの方が大変な程だ。
だが、それは夏樹なりの『男らしさ』を装う為のものだったのかも知れないと、雅耶は思った。
夏樹だって普通の女の子なのだ。
『可愛い』と、素直に口にすることが出来なくても、表情でそれが伝わって来る程に。
(こんな嬉しそうな顔、見れると思わなかったな…)
雅耶は「どういたしまして」と、満足気に微笑んだ。
――翌日。
気持ちの良い秋晴れの朝。
夏樹は真新しい制服に身を包み、アパートを後にした。
少し緊張気味に駅までの道のりを歩いてゆく。
(…いつもと同じ道なのに、何だか景色が違って見える感じだ…)
今までと違うのは、自分自身だけなのだけれど。
やはり、どうしても違和感が拭えない制服…。
道行く人が、皆自分を笑って見ているような気さえしてしまうけれど。
(――でも、大丈夫…)
夏樹は、鞄に視線を移した。
雅耶に貰ったマスコットキーホルダーが歩みに合わせて揺れている。
(雅耶がついてくれてるし…)
『これは、お守りだよ』
『…お守り?』
『そ。夏樹が新しい環境で、充実した学校生活が送れる為の、ね。それを俺だと思って持っててくれると嬉しいな』
笑顔で言っていた雅耶。
『…実を言うと、俺もおんなじ物持ってるんだけどさっ。嫌じゃなければ、鞄にでも付けてくれると嬉しいなー…なんて…』
『…えっ…?』
驚いて聞き返すと、コホン…と咳払いをして。
『いわゆる、お揃い…ってヤツなんだ。そういうの、嫌…?だったりするか?』
照れながらも、何処か不安げに聞いて来た雅耶に。
『…イヤ…だなんていう訳ない…』
『…夏樹…?』
『ありがと、雅耶…。大切にするよ』
(嫌なワケないじゃないか。嬉しいに、決まってるよ…)
本当は嬉しくて堪らないのに、素直に感情を表に出すことが苦手な自分…。
可愛い小物も、今の自分にとっては本当に初めての物で。
もう、何も我慢しなくて良いんだって雅耶が教えてくれたような気がした。
いつだって、自分を気遣ってくれる雅耶の優しさに甘えてばかりのオレだけど。
少しずつでも、女の子らしくなれるように頑張るから――…。
(…あ。『オレ』じゃない…。『ワタシ』だった…)
まだまだ前途多難な…今日この頃。