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プリズム!  作者: 龍野ゆうき
キミの帰る場所
37/40

‐3‐ 兄の懸念

それから皆で楽しく食事をして一時間半程が経過した頃、電話が掛かって来て並木だけが急きょ抜けることになった。

「冬樹は久し振りなんだし、ゆっくりしてけよな?また夕方連絡入れるからさ」

そう言うと「ご馳走さまでしたー!」と爽やかに野崎の家を後にした。

そんな並木を玄関先まで皆で見送った後、すっかり長瀬とも打ち解けて話をしながらリビングへと戻って行こうとしている冬樹の後ろ姿に、雅耶は声を掛けた。



「なぁ…本当にこの家に戻って来る気、ないのか?」

「えっ?」

冬樹は驚いたような目で俺を見た。


実は、ずっと引っ掛かっていた。

先日、夏樹が熱を出した日。別れ際に言った冬樹の言葉が。

『こっちに戻って来る気はないのか?』

そう聞いた俺に、冬樹が返した言葉――…。


『今は…雅耶がなっちゃんの隣にいてくれるでしょう?』


「さっき、並木さんが言ってたじゃないか。お前にとっても夏樹にとっても、お互いに必要不可欠な存在なんだって…。だったら、やっぱり二人は一緒にいた方がいと思うんだ。そりゃあ…大人になっても、いつまでも一緒にいられる訳ないって分かってるけど…。今まで離れ離れでいた分、せめて少し位っ…」


本当は責めるつもりなんてなかった。

けど、冬樹も夏樹も…お互いがお互いを必要としているのに、今の現状を分かったふりして『仕方ない』と諦めている風なのが見ていて嫌だった。

俺は二人が一緒にいて、笑い合っているのを見ているのが好きだから…。


「確かに夏樹には俺がついてる。これからは、絶対にあいつをひとりぼっちにしないと誓える。だけど、冬樹と夏樹の繋がりは俺のそれとは違うモノだろう?冬樹も夏樹がいないことを寂しいと思う気持ちが少しでもあるのなら、一緒にいれば良いんだ」


思いのほか力の入った俺の声に気付いた夏樹と清香姉が、何事かとこちらに戻って来た。

冬樹の横で一緒に聞いていた長瀬は「雅耶クン、格好イイ~♪」とか茶々を入れながらヒューヒュー言っている。

そんな中、冬樹が夏樹とよく似た真っ直ぐな瞳で見つめて来た。


「…雅耶…」



「ちょっと待ってよ!どうしたの?二人ともっ。…雅耶?」


喧嘩とまではいかないようだが、何故だか突然雅耶の怒っているような硬い声色がして。

慌てて振り返って見てみれば、対立するように睨み合っている(…ように見える)冬樹と雅耶に、慌てて間に入った。

意見を述べているのは雅耶だ。

冬樹はじっ…と、そんな雅耶を物言いたげに見つめているだけだ。


「…いったい、何があったんだ?」

傍に居た長瀬に救いを求めるように問う。

若干、口調が男言葉に戻っていることに自分でも気付いたが、今そんなことはどうでも良い。

だが、長瀬は肩をすくめてみせた。

「うーん…よく分かんない。俺に理解出来たのは『夏樹には俺がついてる。これからは、絶対にあいつをひとりぼっちにしないと誓える』っていう男らしい雅耶の決めゼリフ位かにゃー」

「…は…?」

思わぬ内容に夏樹は頬を赤く染めつつも、訳が分からず雅耶を見上げた。

雅耶は二人の会話を聞いていたのか、こちらに視線を寄こすと片手で頭を抱えた。

「…何でそこだけに端折はしょるんだ…」

脱力している雅耶の様子に、長瀬が舌を出して笑っている。

「ふゆちゃん…?」

今度は冬樹に問うように、その兄の顔を不安げに見つめると。

冬樹は意外にも、にっこりとこちらに笑顔を向けた。

「何でこの家に戻って来ないんだ?って、雅耶は僕に言っただけだよ。…そうだよね?雅耶?」

「あ…ああ…。色んな事情があるのは分かる。分かるけど…冬樹も夏樹もお互いがお互いを必要としているのは目に見えているだろう?お互いが一緒にいたいと思ってるんだから、一緒に此処に住めばいいじゃないかって。俺の勝手な…希望を言っただけだよ」


既に決意は固いのか、少しの動揺も見せない冬樹から目を逸らすと雅耶は俯いた。

(二人にはもう…これ以上寂しい思いをさせたくない)

ただ、それだけだった。

だがこれは、第三者の自分が口出すべきことではない。

(頭では解ってるんだ。でも…)


こんなに、お互いが引かれ合っているのに…。


あの事件が、二人を引き裂いて離れ離れにした。

だが、それらが全て解決した今も尚、何故離れ離れでいなくてはいけないのか…。

八年前とは状況も違う。それは分かっているのだ。

だが――…。


自らの想いに沈んでいた雅耶の耳に。

夏樹の思わぬ言葉が聞こえてきた。


「え…?でも、ふゆちゃんは4月からこの家に戻って来るよ?」




――それから、十数分後。


「ほらほら…いつまでそんな仏頂面してんのよ、雅耶クン♪元気出しなさいって」

リビングのソファに座り、腕を組みながら頬を膨らませている雅耶の背中を宥めるように長瀬がポンポンと叩いた。


雅耶を間に挟んで、男三人大きなソファに並ぶように座っていた。

夏樹と清香は片付けの為、今はキッチンに立っている。


「…別に…」

まるで子どもの頃と変わらないその雅耶の拗ねた様子に、冬樹は思わず吹き出して笑った。

「悪かったよ。雅耶にホントのこと言わないでいて」

昔の、楽しいイタズラを思いついた時のような表情を見せる冬樹に、雅耶は少しだけ機嫌を直すと口を開いた。

「…何であんなこと言ったんだよ」

「あんなこと?ああ…『今は雅耶がなっちゃんの隣にいてくれるでしょう?』っていうやつ?」

「そう。あれを言われた後、俺は凄くショックだったんだ。もう、自分は関係ないってお前に言われた気がした…」

拗ねた表情から僅かに落ち込みの表情へと変える雅耶に、冬樹はフッ…と小さく息を吐くと、微笑みを浮かべた。

「ごめんね。それはね…雅耶にカマ掛けたんだよ」


「「…カマ?」」


横で聞いていた長瀬と雅耶が、思わずハモる。

「うん。さっき雅耶は『なっちゃんを一人にしないって誓える』って言ったけど。それ位でないと、なっちゃんを任せられないからね」

冬樹は微笑みを表情から消すと、横から雅耶をじっ…と見つめた。

その瞳は、こちらの少しの迷いも見逃さないと言わんばかりの光を放っている。

それはまるで、まだ心を開いていなかった頃の夏樹の演じていた『冬樹』の冷たい瞳のようだと雅耶は思った。

だが、儚さを纏った夏樹の『冬樹』とは違う迫力を持って、目の前の冬樹は言った。

「綺麗な先輩に言い寄られて、跳ね除けることすら出来ずに揺らいでいるようじゃ、なっちゃんを任せられないなって」


「えっ…?」



目を光らせるその冬樹の迫力に、長瀬は。

「わお!冬樹くんの新たなる一面を発見!迫力~♪」

とか言いながら、頬に両手を当てて嬉しそうに興奮している。

「そ…それって…何?…のこと…?」

自分で責められているのを感じながらも、雅耶は戸惑いを隠せないでいた。

「雅耶には、分からないんだ?」

真顔で聞かれて、知らず背筋が伸びた。


「だ…だって、綺麗…?先輩…?って。えぇ?誰??」



本気で浮かばないのか、雅耶は顎に手を当てると「うーん…」と唸っている。

「ちょっと!何のボケなのよ、雅耶?『綺麗な先輩』って言ったら、言わずもがなでしょう!あの成桜の生徒会長さんのことなんじゃないの?超美人の!雅耶に結構ベッタリだったって言うじゃん」

「…へ?生徒会長?ああ、もしかして薫先輩のことか?」

長瀬のツッコミのお陰でやっと合点がいったのか、雅耶はポンッと手を打った。だが、

「綺麗…。美人…。そうかな?…まぁ、そうか…」


その微妙な反応に、冬樹は首を傾げた。

(雅耶的には、その程度の認識ってことなのかな。なっちゃんは、その先輩のことを随分と絶賛していたけど…)

だが長瀬の反応を見れば、夏樹の認識も然程間違ったものではないのであろうことが分かる。


「でも、何だよ?ベッタリって…。誰がそんなこと言ってんの?俺はそんなつもり全然ないし、誤解を招くようなこと言わないで欲しいよ」

「まあねぇ…。雅耶自身はそんなつもりなくても向こうにはあったみたいだけどねぇ?学祭の時の話、新聞部にも色々情報が届いてるよー。あの会長さん、美人だし目立つだろ?合同イベントを目前にして、今や成蘭生徒達の注目の的なんだよねぇ。その彼女のお気に入りが実行委員の中にいるとか何とか…」

「そんなの知らないし。俺には関係ないよ」

そう言い切っている雅耶の様子に、冬樹は少し安心した。


『綺麗な先輩に言い寄られて、跳ね除けることすら出来ずに揺らいでいるようじゃ…』っていうのも、実は雅耶の本音を聞き出す為にカマを掛けたものだった。

以前、アパートへ行った時に、夏樹が僅かに表情を曇らせた話題が少し気になっていたから。


『本当に綺麗な人でね…。非の打ちどころがないの。あんな綺麗な人が相手だったら、誰だって断れないんじゃないかな』


その女の先輩と『良い雰囲気だった』と、その場に居合わせた女生徒達に噂されていたいう雅耶。

夏樹は気にはしながらも『次元が違うんだよ。仕方ない』なんて笑っていたけれど。

雅耶の本当の気持ちが知りたかった。


自分だって、もう夏樹には辛い思いをさせたくないのだ。

(こういう気持ちを何ていうんだろう?もしかして『兄バカ』ってやつなのかな?)

そんなことを思って。

冬樹は心の中で一人、クスッ…と笑った。


それでも、仕方ない。

本当に愛しくて、大切な、自分の半身なのだから――…。



雅耶は静かになってしまった冬樹に向き直ると、改まって言った。

「なぁ、冬樹?一応言っとくけど、俺の中では夏樹だけだよ。昔から、それは変わってない。あの事故の後もずっと諦めきれなかった位に…。冬樹、昔言ってたよな?夏樹のことが好きだって言ってた俺に…」


『ボクもなっちゃんのことが大すきだから、ボクをちゃんとみとめさせる位じゃないと、なっちゃんをおよめさんにはあげないよ』


――昔、冬樹が言った台詞だった。


「おおっ!実のお兄ちゃんにそこまで言わせるなんて、夏樹ちゃんったら愛されてるのねぇ。本当に罪な子っ♪」

長瀬が後ろでクネクネと悶えている。

だが、二人は至って真面目に向き合っていた。


「絶対に認めさせる自信あるよ」


真っ直ぐに見つめてくる雅耶に。

冬樹は僅かに視線を落としてクスッ…と笑うと、再び視線を合わせた。

「まぁね。僕は信じてるけどね、雅耶のこと」

そう言って淡く微笑んだ。

「4月からこの家に来るとは言ったけど、仕事でこっちを拠点にする時に寄るだけなんだ。だから、普段はなっちゃんを一人にしちゃうことに変わりはないんだけど…。雅耶がいてくれるから安心してるよ」

そう静かに話す冬樹の、その微笑みにつられるように雅耶も小さく笑みを浮かべた。

「なっちゃんをよろしくね」

「うん、任せろって」



そうして二人の話が一段落した所で、長瀬が不意に思いついたように話を振って来た。

「そう言えばさー、雅耶達はクリスマスはどう過ごすワケ?」

「え?クリスマス?」

「そ。だって、両思いになって初のクリスマスだろ?何か考えてないの?だいたい、今までどんなとこにデート行ったのさ?」

何気ない長瀬の質問に、冬樹も興味ありげに雅耶の答えを待っている。

だが…。

「う…。実はデートで何処かに出掛けるとかっていうのは、まだ一度もないんだ…」

語尾が徐々に小さくなっていく雅耶に。


「「はあっ?」」


その、あまりの意外さに二人は大きな声を上げた。

それが冬樹と長瀬が初めてハモった瞬間だった。


「だ…だって、イベントの実行委員とか部活とかで忙しくて、なかなかゆっくり時間も取れなかったし。夏樹もバイト入ってたりでさ…。上手く空き時間が合えば家でゆっくり会う位で…」

そんなことをごにょごにょと小さくなって言っている雅耶に。

「おウチデートばっかりって、そりゃないんじゃないのっ?いったい家で二人で何してんのよ?…まさか、雅耶…」

「…へ?」

何故だか、両隣から冷たい視線を感じて雅耶は慌てた。

「なっ…何だよっ、その目はっ。べ…別に俺は、いかがわしいことなんて何もっ…」

「あれ?雅耶…?僕達、別に如何わしいことしてるなんて一言も言ってないけど?」

冬樹が笑顔で速攻ツッコミを入れて来た。だが…。

(目が笑ってないんだよっ!目がっ!!)

ある意味、一番怖いかも知れない。

「だいたい『いかがわしいこと』って何かな?」

冷や汗ダラダラの雅耶に、不敵な笑みを浮かべた冬樹と長瀬がにじり寄ったその時だった。


「みんな、あったかい飲み物でも飲むー?」


突然リビングに面したキッチンの陰から夏樹が顔を出した。

「ん…?どうしたの?何かあった?」

微妙な空気を察した夏樹が首を傾げる。

「ううん。別に何もないよ。ね?雅耶?」

冬樹が今度は邪気のない笑顔を向けてくる。

「あ…ああ…」

(…何なのっ、この変わりようっ!!)

「そーだよなー?あ、夏樹ちゃん。俺コーヒーが良いな♪ミルクと砂糖入りのやつ」

「僕も温かい飲み物…いただこうかな」


妙ににこやかな冬樹と長瀬の間に挟まれた雅耶の引きつった顔に若干の違和感を覚えながらも、何だか皆が楽しそうなので、夏樹はそこには触れないでおいた。

「雅耶も飲むよね?じゃあ…雅耶はブラックで、ふゆちゃんがカフェオレ。長瀬がミルクと砂糖入り…で良いかな?」

「「「はーい」」」

三人の確認を取ると、夏樹はキッチンへと戻って行った。


夏樹の姿が見えなくなった途端に、冬樹と長瀬が示し合わせたように雅耶の方へと向き直った。

「よーし、雅耶っ!計画立てよう!」

「…計画?」

「そ♪クリスマスに夏樹ちゃん誘って初デートしようぜっ」

長瀬がウインクして言った。

「お…おうっ」

意気込んで頷く雅耶に、今度は冬樹も穏やかな笑顔を向けると頷いた。


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