‐3‐ 『雅耶』
そうして、暫くお茶しながらゆっくりしていた時、突然夏樹の携帯がメールの受信を告げた。
「…あ。雅耶からだ…」
夏樹は呟くとメールを開いた。
「雅耶…?」
「うん。さっき部活終わって帰って来たみたいで…。今こっちに向かってるって…」
そこまで聞くと、清香は「あら♪」…と掌で口元を押さえた。
「じゃあ、私はそろそろ帰った方が良いかしらね」
にこにこしながらも、急にそんなことを言い出した清香に。
「え…?何で?清香先生、もう帰っちゃうの?」
不思議に思って聞き返すと、清香は破顔した。
「だって、お邪魔しちゃ悪いもの」
そう言ってウインクしている。
そこで清香の意図を理解した夏樹は、慌てて否定の言葉を口にした。
「そんなっ…邪魔とか、そんなワケないだろっ」
照れて言葉に動揺が表れているのか、また口調が戻っている夏樹に清香は吹き出した。
「ほらほら、言葉使い…」
「あっ!しまったッ!!」
そんなやり取りをしながら笑い合っている内に、家の呼び鈴が鳴った。
夏樹が玄関の扉をそっと開けると、部活帰りの雅耶がそこには立っていた。
「オッス。ちょこっと久し振りっ」
約一週間ぶりに見る、穏やかな笑顔の雅耶に。
「雅耶…」
夏樹もつられるように微笑みを浮かべた。
そこへ、後ろから清香がひょっこりと顔を出す。
「…あれ?清香姉…?来てたんだ?」
意外な人物の登場に驚いている雅耶に。
「雅耶、お帰りっ。でも丁度良かったわ。私は帰る所だったのよ。夏樹ちゃんをお願いね♪」
そう言うと、物言いたげに見詰めてくる夏樹に笑顔を向けた。
「また、来るわね。とりあえず明日から頑張って!何かあったらメールででも何でも連絡してくれれば、いつでも相談に乗るから」
そう言うと、清香は早々に夏樹の家を後にした。
「…清香姉に何か相談乗って貰ってたの?」
帰って行く清香の後ろ姿を眺めながら聞いて来る雅耶に。
「あ…うん。制服を…ね…」
「制服…?」
「その…、新しい制服さ…どこかおかしくないかなって見て貰ったんだ」
何故だか恥ずかしそうにそんなことを言う夏樹に「?」を飛ばしていた雅耶だったが、ふと夏樹の後ろに視線が行くと思わず目を見張った。
部屋の奥、ハンガーに掛けてある制服が目に入ったのだ。
赤いチェック柄のミニスカート。
可愛らしいリボン。
それを夏樹が着ているのを思わず想像して頬を染めた。
(あれを明日から着るっていうのかっ!?…可愛すぎだろッ!)
成蘭の男の制服姿でさえ、校内の男共の中で可愛いと評判だった夏樹が、あんないかにも女の子な制服を身に纏うなんて…。
そんな姿を今後見れることになるのは嬉しい気もしたが、その反面…他の男達も放っておかないだろうと考えて、何だか今から心配になってしまう雅耶だった。
何故か動きを止めてしまっている雅耶を不思議そうに見上げていた夏樹は、ゆっくりその視線の先を辿ると慌てふためいた。
「――あっ…、もしかして制服…?」
(雅耶もオレになんかに似合わないって思ってるのかも…?)
妙な気恥ずかしさが夏樹を襲う。
だが、そんな夏樹の様子に気付いた雅耶は、敢えて制服のデザインのことには触れずに自然に話を振った。
「…いよいよ明日からあれを着て学校に行くんだな…。緊張してるか?」
「えっ…あ、いや…。まぁ、なるようになれって感じかな…。心の準備は出来てるよ」
「そっか…」
雅耶は優しく微笑むと「頑張れな…」と、夏樹の頭の上に掌をポンッと乗せた。
「…うん」
夏樹は素直に頷くと、照れくさそうに笑った。
「あ…雅耶、上がってく…?」
ずっと玄関口で扉を開けたまま話しているこの現状に気付いた夏樹が、こちらを伺うように見上げて来る。
そんな夏樹の表情に雅耶は一瞬ドキッとして、そしてどうしようか迷った。
実は雅耶は、今までこの夏樹のアパートへ入ったことがない。
野崎の実家で、二人きりで勉強したりしたことはあるのだが、その頃はまだ夏樹が『冬樹』として自分にも正体を隠していた時だった。
自分は、夏樹の正体に気付いていながらも、友人の『冬樹』として接することに徹していたし、特別意識をしないようにしていた。
だが、今はその時とは少し状況が違う。
彼女は夏樹に戻り、そして自分達は一応相思相愛という仲になれた筈だった。
夏樹が自分の秘密を全て話してくれた、あの日――…。
雅耶がずっと好きだったことを告げると。
『オレ…雅耶のことが好きだよ』
夏樹も自分を好きだと言ってくれて…。
一度だけ、お互いに誓い合うようにキスを交わしたのだ。
あれからそんなに月日が経過した訳ではないが、事件のことなど色々あって、なかなか二人で過ごす時間は無かったというのが現状で…。
当然二人きりになれば、自分はずっと好きだった夏樹を意識しないではいられないし、何よりこの家は今現在の『夏樹の部屋』なのだ。
実家の懐かしい冬樹と夏樹の子ども部屋へ行くのとは、意味合いが全然変わってくる。
(――と、思うんだけど…)
「…雅耶…?」
思わず黙り込んでしまっていた雅耶を不思議そうに見上げてくる夏樹に。
(こいつは、そんな意識なんかしてないんだろうな…)
無邪気なその幼馴染みに、雅耶は心の中で苦笑を浮かべた。
「そうだな…。清香姉に先を越されて悔しいし、お邪魔したい気もするんだけど…」
「…え?清香先生?」
「でも、今日は急に来ちゃったし、悪いから止めておくかな」
(あんな制服を目の前にして、ムラムラ来ちゃっても困るし…。なんてな…)
そこは、とりあえず言わないでおくけど。