‐4‐ 『彼』の真相
「マジでっ?…っていうか、本当にっ?」
思わず動揺しながら、愛美と同じように長瀬に視線を向けると。
「なに?何?何の話??」
長瀬は笑顔を浮かべながらも首を傾げた。
とりあえず、夏樹は間に入って愛美と長瀬をそれぞれ簡単に紹介すると、
「それでね、長瀬…。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
そう言って、愛美の探している人物に心当たりがないかを話してみることにした。
夏樹の説明に、不思議そうな顔をしながらも大人しく耳を傾けて聞いていた長瀬は、全てを聞き終えると確認を取るように口を開いた。
「えっと、つまり…?その子…愛美ちゃん?が、学校帰りの電車の中で貧血で倒れそうになった時に、助けてくれた成蘭の奴を探してるって?」
「うん」
「で?その時、そいつと一緒に居たのが俺だったってこと?」
「うん…。そうらしいんだけど…。だよね?愛美?」
夏樹が確認するように愛美に声を掛けると、愛美はこくこくと頷いた。
「…心当たり、ある?」
長瀬は愛美の顔を見つめると、記憶を辿るように「うーん」…と、腕を組んで暫く唸っていたが、不意に思い出したように指を鳴らした。
「あ!俺、思い出したかもっ」
「ホントかっ?」
夏樹は、身を乗り出すようにそれに反応した。
愛美も両手を合わせて、期待の表情を浮かべている。
だが、長瀬は突然夏樹の腕を掴むと、その腕をぐいぐいと引っ張った。
「夏樹ちゃんっ、ちょっとこっちこっち!」
「えっ?何?ちょっ…。ごめんね、愛美。ちょっと待っててっ」
「あ…うん…」
愛美から少し離れた場所まで長瀬に腕を引かれて行くと、夏樹は戸惑いながらも「…どうしたんだよ?」と、長瀬に小さく疑問を投げ掛けた。
「全くもう…。忘れちゃったの?前にさ、そういうことあったじゃない」
長瀬が呆れたような表情を見せた。
「…え?何が…?」
「…ったく。自分で自分のこと分かんないかなー。それって『冬樹チャン』のことでショ?」
苦笑を浮かべながらも、声を押さえながら耳打ちしてくる長瀬に夏樹は目を丸くした。
「…え…うそ…」
思わず我が耳を疑った。
「そんなこと…あったっけ…?」
「もう、これだから…。いつだったかなぁ。多分雅耶が、まだ唯花ちゃんと付き合ってた時だったかな。あの頃、俺と冬樹チャンでよく一緒に帰ってたじゃん?」
「う…ん…。そうだった…かも…」
ちょぴり思い出したくない過去を思い出してしまい、夏樹は僅かに表情を曇らせた。
…とは言っても、他人が端から見ても判らない程度のものだったが。
以前、雅耶は唯花という女の子に告白され、暫く付き合っていたことがある。
本人曰く、初対面の彼女に告白され、断ろうとしたところ『自分を知ってから返事を出して欲しい』と彼女に言われ、返事を保留にしていただけだと、からかってくるクラスメイト達には弁解をしていたが。
後々、雅耶は『大事にしたいと想っているヤツは、今も昔も一人しかいないから、自分に正直になった』と、彼女と別れた理由を話していた。
それが『夏樹』だったことは、凄く嬉しかったけれど。
それでも実際、毎日のように校門の前に待っている彼女を見て、複雑な想いを感じていたのは事実だし、二人が並んで歩く光景が目に焼き付いていて、やはり、あまり思い出したくはない過去だったりする。
(でも、その頃に…?愛美と会ってるって――…?)
記憶を掘り起こそうと懸命に頭を働かせながら、何気なく愛美に視線を移すと、きょとんとした顔で首を傾げてこちらを見ている彼女と目が合った。
(…あれ?何だろ…。今何か、ちょっと思い出し掛けた…)
その間にも、隣で長瀬がその時のことを説明してくれている。
「…それでさ、丁度電車に乗り込むときにドア横に立ってた女の子がよろめいて倒れそうになってたじゃん?それを、咄嗟に冬樹チャンが受け止めてさ…」
「…あ」
(――そうだ。思い出した…)
突然、倒れ掛けた具合の悪そうな女の子を受け止めた後。
『…大丈夫?』
そう声を掛けて。
でも彼女は僅かに頷くだけで、かなり辛そうな感じだったから…。
『無理しない方が良いよ。こっちに…』
そう言って、その子を支えながらすぐ横の空いていた優先席に座らせたんだ。
その子は、僅かに顔を上げると弱弱しく『ありがとう』と言った。
その礼儀正しさに好感が持てて。
『お大事に…』って声を掛けたような気がする。
そうしたら、それをずっと横で見ていた長瀬が、いつもの調子でからかってきたのだ。
『冬樹チャン、男前ーー♪』
…って。
(――あれが、愛美だったのか…)
夏樹は、長瀬に向き直ると。
「ありがと。…やっと、思い出したよ」
そう言って、バツの悪そうな微笑みを浮かべた。
それに長瀬はワザとらしく溜息で応えると。
「…でも、どうするのさ?あの子に本当のこと話すの?何なら俺から話してあげようか?夏樹ちゃんのことは置いといて、あの彼はもういないんだって…」
その言葉に、夏樹は驚いて目を丸くした。
「…何よ、その反応」
「いや、一応心配してくれてるんだなって…」
いつだって、おちゃらけてばかりの長瀬だけど、いざという時には頼りになる、友達思いの奴なのだ。
「ありがと、長瀬。でも…自分で言うよ。愛美の気持ち知ってるし、下手に嘘…つきたくないんだ…」
そう儚げに微笑むと、夏樹はゆっくりと愛美を振り返るのだった。




