‐3‐ あの人の友達
――放課後。
いつも通り夏樹と愛美は二人、駅へと向かって歩いていた。
愛美は、隣を歩く夏樹に何気なく視線を向けた。
サラサラとなびく、ショートカットの髪。
その横顔は凛としていて綺麗で、学年でも一二を争う美人さんだと思う。
夏樹が転入してきて、もうすぐ丸二週間が経つ。
通学時に痴漢に遭っていた所を助けてくれた、勇気ある彼女。
それをきっかけに、こうして友達になれて自分は本当にラッキーだったと思っている。
そんなに口数は多い方ではないけれど、自分の話をちゃんと目を見て聞いてくれて、時には笑い、冗談も返してくれる。そして、何より相手の考え方を尊重してくれる優しい子だ。
まだ付き合いは浅いとはいえ、愛美は夏樹のことが好きだった。
ずっと仲良しでいたい、大切にしたい友達。
(――でも、夏樹ちゃんを見てると何かを思い出しそうな…。この不思議な感じは何なのかな…?)
自分でも、よく分からないモヤモヤ感に時々襲われて戸惑うけれど。
でも、彼女にだけには隠し事をしたくない。
何事も本音を話したいと愛美は思っていた。
(だから、正直に話そう!夏樹ちゃんになら笑われても良いっ!)
愛美は、ひとり心の中でそう決意を固めると、夏樹に思い切って声を掛けた。
「あのね…夏樹ちゃんっ」
「…ん?」
夏樹は優しい瞳をこちらに向けた。
「お昼休みに、成蘭の男の子の話…したじゃない?」
「うん。愛美が会いたい子の話だよね?」
最近夏樹ちゃんは、私のことを『愛美』って呼んでくれる。
私はまだ『ちゃん』を取れないでいるけど…。
「うん。その話でね…。実は…。悠里ちゃんと桜ちゃんの前では言えなかったことあるの…」
「……?言えなかったこと…?」
夏樹は不思議そうに首を傾げた。
「あのね…笑わないで聞いて欲しいんだけど…。あっ…でも全然笑ってくれてもいいのっ」
思いきり支離滅裂なことを言ってるな…と、自分でも思いながらも変に慌ててしまう。
だが、夏樹は。
「なぁに?それ…。笑ったりしないよ」
そう優しく微笑んでくれている。
その笑顔に後押しされるように、愛美は何とか言葉を続けた。
「うん…。実は…ね、その男の子に会いたいっていうのは本当なんだけど、私全然その子の顔…覚えてないんだ」
「…覚えてない?」
「…うん…」
「全然…?」
「そう、全然…」
きっと呆れられちゃうだろうなと思っていた愛美だったが、夏樹は「…そうなんだ…」と呟きながら、何かを考え込んでしまっているみたいだった。
「あ…あの、夏樹ちゃん…?」
呆れたでしょう?…と聞き返そうと口を開いた時。
「顔が分からないんじゃ、探すのも大変だよね。どうしたら見つけられるかな…?」
そんな意外な言葉が返って来た。
(――それでも探そうとしてくれてるの…?)
「夏樹ちゃん…?呆れたでしょう?今度の学園祭で、皆が協力して探すの手伝ってくれるってあれだけ言ってくれてても、当の本人が、実は何も覚えてないんだよっ?」
「うーん…。でも、それは仕方ないんじゃないかな?普通、知らない人の顔なんて一度見た位じゃ覚えられないし…」
真面目な顔してそんなことを言う夏樹に。
「…え?そう…かな…?」
上目遣いで見上げると、
「そうでしょう」
との自信満々な返答が返って来た。
「今の時点で思い出せなくても、案外目の前にしたら何か感じるかもよ?実際、愛美がその子に『また会いたい』って思う『何か』を感じたんだろうから」
「そう…なのかな…?」
「そうだよ。直感を信じるしかないってね」
そう言って笑顔を向けてくれる友人が、何だかとても眩しく見えた。
その後、二人は何気ない話をしながら電車に揺られていた。
そうして電車がいつものように成蘭高校の最寄駅のホームへと入って行くと、夏樹はさり気なく開く側のドアに背を向けるように立ち位置を変える。
この行動は、夏樹にとって毎日の習慣になりつつあった。
一方の愛美は愛美で、やはりいつものように電車に乗り込んでくる成蘭の生徒達の中に例の彼がいないか、視線を走らせている。
(今日も、成蘭の生徒…一杯だな…)
横目でホームを確認しながら、夏樹は心の中で溜息を吐いた。
そして電車が止まり、多くの乗客が車内へと乗り込んで来た、その時だった。
「あっ!」
小さな声だが、愛美が咄嗟に声を上げた。
「…?どうしたの?もしかして、例の子がいたとか?」
目を見開いたまま固まっている愛美に、小さく耳打ちするように声を掛けると、愛美がゆるく首を振った。
「ううん…本人じゃないんだけど…。あの人と一緒にいた友達の子がいる」
その言葉に。
(…え?気になる本人の顔は分からないけど、友達のことは分かるのか?)
…と、思わず心の中だけでツッコミを入れた。
だが、これは大きな進展だ。
夏樹は、その人物を確認する為「どこの人?」と、愛美の視線の先を辿るように、ゆっくりと後方を振り返りかけた。
――その時だった。
「あっれーーーっ!?もしかして、夏樹チャンっ!?」
その方向から、聞き慣れた大きな声が聞こえてきた。
(こ…この声は、まさかっ!!)
実際、自分のことを『夏樹』と認識して声を掛けて来る者自体、限られているのだ。
そして、この大きな声。軽いノリ。
(これは…まさしく――…)
嫌な予感を感じつつ、そちらをそっと振り返ると。
こちらに向かってにこやかに手を振っている見知った顔がそこにはあった。
「な…長瀬…」
(――やっぱりか…)
夏樹はがっくりと肩を落とした。
(イヤな奴に見つかってしまった…)
夏樹は片手で頭を抱えた。
長瀬は『冬樹』時代の元クラスメイトであり、割と仲の良い友人の一人でもある。
雅耶とは中学時代からの親友だったということで、帰る駅も一緒なので部活のない日は三人でよく一緒に帰ったり、夏休みには数人を交えて海へ行ったりもした仲だ。
冬樹が夏樹に戻れた時、雅耶は長瀬にだけは本当のことを教えたらしく、元クラスメイトの中でも自分の正体を知っている唯一の人物でもある。
ちょっぴり強引な所もあるが、明るくて面白い奴で、何処へ行ってもムードメーカー的な存在の男だ。
本当のところは、嫌な奴ではない。
(――いや、イイ奴なんだけど…)
面白いものを見つけたとでも言うように、楽しそうな目をしながら近付いて来る長瀬に、ついつい仏頂面になってしまう。
「夏樹ちゃーん、おひさだねぇ。成桜の制服姿初めて見ちゃった♪俺様ラッキー!!」
相変わらず軽いノリだ。
「…長瀬…お前、相変わらずだな…」
つい…長瀬を前に『冬樹』だった頃の自分が出てしまい、思いのほか低い声が出て、夏樹は慌てて横にいる愛美に視線を向けた。
だが、愛美はそこを気にしている様子はなく、ただただ驚きの表情で傍へと歩み寄ってくる長瀬を見つめている。
「…愛美…?どうしたの?」
「夏樹ちゃん。…お友達…?」
「あ…うん。一応…トモダチ…かな?」
その答えに、長瀬が食い付いて来た。
「ひどーいっ。一応だなんて…。俺と夏樹ちゃんの仲じゃないっ」
「…どんな仲だよッ」
再び、以前のノリでツッコミを入れてしまって後々焦る。
だが、やはり愛美は固まっているままで…。
「…ホントに、どうしたの?」
小さく声を掛けると、戸惑いながらも小さな返答が返って来た。
「あのね…。例の男の子と一緒にいたの、この人…なの…」
「…へ…?」
愛美が、じっ…と長瀬を見上げている。
「えええええーーーーーっ!?」