第三章 飛頭猫(ひとうびょう)
その時私は、翠の後ろ側、洞窟の壁近くがボーっと青く光っているのを見つけた。不思議に思ってじっと眼を凝らしてみると壁から少し浮き上がった手前の空間が十センチぐらいの大きさで光っている。だんだん光が強くなり、やがてそれが猫の頭だという事が分かる。ホログラフィのように空間に青い立体映像が投影されているように見える。私はそれを凝視したまま翠の手をとって自分の方に引っ張った。翠も私がどこかを見つめている事に気がついて振り返る。やがて猫頭は実態化し、空間をすーっと移動して私たちの方に来た。怖い顔をしている。そして急にスピードを上げて翠めがけて突進してきたので、翠は「わっ」と声をあげてしりもちを付いてしまう。その頭上を猫頭が飛んで行く。
「何だろうあれ?」
「さあ?」
猫頭は反対側の壁に近くで旋回してこちらを見ている。そしてまた近づいて今度は私の顔のすぐ前に来て停止した。私も無性に怖かったがここで引き下がる事はできないと思い、睨み返してやった。
「翠、だいじょうぶだよ。頭だけだ。手も足も出ない。ははは」
ところがその時、猫がニャアって鳴いて口を開けて唾をぺっと吐いた。そしてその唾がワンピの裾に掛かると、ジュッという音がしてワンピに穴が開いた。細い煙の筋が立ち、布が焼ける匂いがする。あ~あ。お母さんに何て言い訳しよう。私はすごく頭に来てめちゃくちゃに棒を振り回して猫頭を追い払った。
「千方さん、猫は嫌いですか?」
「いや、そんな事はないんだけど……。あれが掛からないようにしなければね。走って奥に行こう。さっきの犬の時も思ったんだけど、攻撃するより走って通り過ぎる事、考えた方がいいよ?」
「そうですね」
しかし既に遅かった。洞窟の奥の方の壁の前に次々と光る点が現れ、猫頭が十数匹も実態化し始めていた。二つの猫頭がものすごいスピードで飛んで来る。恐怖感マックスだ。
「うわ~、やば」
その時、左足のふくらはぎに激痛が走る。
「痛っ……」
「大丈夫ですか?」
足を見るとふくらはぎの一部が茶色くなっていた。後ろから来た猫頭が唾を吐いたのだ。
「こいつめ」私は棒を振り回して周りの猫頭を追い払う。
「あの千方さん、これちょっと無理じゃないですか?」
周りを飛び回る猫頭がどんどん増え、すでに十個を超えている。
翠は恐怖で足が動かなくなっている。
「もう、やめましょう」
「嫌だ。ここまで来たら最後まで行こう。翠は何としてでも私が通してあげるよ」
「うわっ。早いです」
猫頭が猛スピードで突撃してくる。私も翠も避けるのがやっとという感じだ。
「いい?唾を引っ掛けられて火傷をしても、それだけの事だよ。走って通り抜ける事はできると思う」
私は飛んできた猫頭を棒で思いっきり叩く。するとバシュっと音がして猫頭は一瞬ホログラフィに戻り、霧散していった。
「よし、これならいける。大丈夫だよ。私こういうのは得意なんだ。百七十キロまでいけるよ」
「え?」
「っていうか、さっきゲットした腕輪で何かできないの?」
「これは水を操るための物ですね。水があれば動かせます」
「だったら唾を吐かれたら防げばいいじゃない」
「……や、やってみます」
「何か水を飛ばして猫頭に掛けてみたら?」
「だめですよ。ここにはほとんど水が無いじゃないですか」
しかしその時、水溜りから水がぱしゃっと飛んで水滴が五~六の猫頭に掛かった。大した量の水ではないが、掛かった猫頭が嫌そうな顔をしてその動きが一瞬止まる。
「ははは。ざまあ。猫は顔に水が掛かるのが嫌いだからな。よし走るぞ。私について来て」
そう言うと私は左手で翠の手を引っ張って走り出した。右手に棒を持って。とたんに十匹ぐらいの猫頭が猛スピードで飛んでくる。私は翠から手を離すと飛んで来た猫頭を棒で思いっきりぶったたいた。バコっという音がして猫頭が消滅していく。「よし」それから次々に猫頭を叩きまくって進んでいった。翠の方も自分の近くに来た猫頭にバシュっと水をかけている。猫頭の猛攻に泣きそうになりながらも、私たちはなんとか広場の反対側に到着した。すると不思議な事に、猫頭は一斉に消えていった。
「はあ……」
「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ。それより猫は追って来ないんだね」
「そうですね……」
「ねえ、さっきから思っているんだけど、犬も猫も、宝が取られないように番をしているんじゃなくて、誰も通さないように頑張っているだけだ」
「同じ事じゃないですか?」
「いや違うでしょ。お化け屋敷と同じだよ。翠は行った事ないでしょうけど」
「……」
「自分が守っているポイントを通過されてしまうとそれ以上は追って来ない」
「はあ」
「だからね、犬や猫を配置した人は宝を誰にも盗られないようにしたんじゃなくて、力のある人だけを通すようにしてるんだよ」
「……」
「例えばさ、犬と猫が同じ広場にいたら私たちは来れなかったでしょ。その方が鉄壁の守りだと思うけど。何でそうしなかったのかな?」
「犬と猫の仲が悪かったからじゃないでしょうか」
「…………そうとも言う。……まあ、絶対最後まで行って四つ取ろうね」
「はい」