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彼は私の不安を察知したようで、にこっと笑うと別の扉を開けて小さな部屋に私を招き入れた。暗褐色のオークウッドの壁の部屋。がらんして殺風景な中に、楕円のテーブルがぽつんと置かれている。私と彼が椅子に座ると彼は中断された会話を再開するように私の言葉に返事をした。
「いえ。はっきり声をかけていただいて助かりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「え?」
「祖父が亡くなる前に、言い残していった通りです」
「え?」
「十五歳の誕生日に出会う人が……その人だと」
「え?」
「祖父の予言は絶対なんです」
「……」
「昨日が誕生日でした。それで、今まで私はこの家から出た事がありませんでしたので、二日前から練習で電車に乗ったり街を歩いたりしていたんです。でも最初の日に鈴木さんを見た時からもう気付いていました。あなただと」
「へっ?」
* *
「私たちの一族が持っていた力を取り戻したいんです。はるか祖先が持っていた力を」
「え?何の力ですか?」
彼は少しの間下を向いて沈黙していたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「……ではお話しましょう。水を自在に操る力です。私は水鬼です」
「へっ?すいき?」
「水を操る鬼の一族です」
私は改めて翠の顔を見た。透き通るような白い肌、整った顔立ち、長いまつ毛。たしかに人間離れした美しさかもしれない。
「しかしもう何十世代も前にその力が封印されてしまいました。それから後の私たちは普通の人間と変わりません。ただ、水の中でも息ができるだけです」
「いや、それすごいですよ」
「まあ、それは水鬼ですから当然なんですけど」
「そ、それでどうやって封印を解くのですか?」
「水鬼の力は、四つに分割されて、腕輪、剣、鏡、鈴に封じられ、それらは地中深く、どこかの洞窟に隠されていると言われていました。私たちの祖先は代々それを探し求め、ついに祖父の代になってそれを見つけました。そしてその洞窟のある一帯の土地を買って立てたのがこの家です」
「そ、それでおじい様やお父様は封印を解けなかったのですか?」
「はい。洞窟の入り口をものすごい番犬が守っているので、どうしてもそこを通る事ができません」
「へ?だって犬ぐらい」
「首が二つあるんです」
「いや別に、首が二つあったって……」
「だめなんです。普通の人間ならその犬に触れる事はおろか、瘴気で近づく事もできないと思います」
「それで、もしかして、もしかしたら私が封印を解く人だとか思っています?ははは」
「はい」
「へ?どうしてですか?」
「祖父は色々と文献を調べていましたが、我々の祖先は……」
「え?」
「…………」
「何?」
「……とりあえず、見に行きませんか?」
「う~ん、じゃあその前にもう一つ質問」
「どうぞ」
「さっき言ってた、お金持ちの事情って何ですか?」
「ああ。私たちの祖先に力があった時に、稲の神様と約束をしたんです。毎年六月に雨を降らせると」
「へえ~、それすごい」
「その代わり、私たちは代々、お米に不自由しない事になっています」
「へえ~。で、そのお米をお金に換えているんですか?」
「ははは。お米をもらっていたのは大昔ですよ。今では食品会社を三社持っていて、そこに稲の神様の加護があるという話です。本当かうそか分からないんですけどねえ。父がその三社を上場して。まあ、今は配当金が入ってくるだけなんですけどね」
「へえ」
「あと、穀物相場っているのがあるんですけど、ここで売買する時も稲の神様の加護があるという話で、ほぼ確実に」
「……」