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水鬼抄  作者: 北風とのう
第一章  洋館
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第一章  洋館

 私の高校のある二戸浜にとはま鳥巳線とりみせんでは一番大きな町で、そこから海を左手に北上していくと次の駅が私の住んでいる敷間しきま。彼が待ち合わせ場所に指定してきた仁井ヶ崎はそこからさらに三駅ほど北に行ったところにある。乗降客もほとんどいない無人駅。彼が電車でいつも同じ席に座って来られたのは、電車がまだガラガラのここから乗ってくるからだろう。土曜日の朝、仁井ヶ崎に向かう電車の中で私はちょっと不思議に思った。「デートって事だよね。携帯を持ってないからって、即答で待ち合わせの返事をしちゃったけど、出会った次の日に休日デートなんて緊張しちゃうなあ。それにしても仁井ヶ崎で待ち合わせしてどこに行くんだろう?駅のまわりにはお店も何にも無いし、少し歩いた所に岬の上の小さな灯台があるだけだ……」まだ何も分からない男の子といきなり人気ひとけの無い所に行くんだなって、電車の中で初めて気がついた。


 まだ梅雨が始まる前で、おだやかな晴天に爽やかな風が吹く一日。駅に着くと彼がホームで待っていた。彼は私を見つけてにこっと笑う。背の高さは私と同じぐらいだ。(体重が私より軽かったらどうしよう)ちょっと昔風のタータンチェックのシャツに綿パンをはいている。すらっと足が長いからよく似合うなあ。彼は丁寧な口調で挨拶をした。

「今日は遠い所に来ていただいてありがとうございました」

なんか仰々しい。私はとまどったけど、とりあえず挨拶。

「あの、電車でいきなり声をかけて、メアドなんて聞いちゃってすみません。あの、鈴木千方ちかたと申します」

「あ、僕の名前は霧島翠きりしまあきらです。『あきら』は翡翠ひすいの翠っていう字を書きます」

「この駅って周りに何も無いですよね」

「そうですね。ちょっと歩いた所に僕の家があるので、来ていただけませんか?」

「……はい?」

何か違和感のある展開だと思ったが、翠の笑顔を見ていると、これも不思議な事に安心感が湧き出てくる。「こういう安心感が危ない」って話を聞いた事があったような気がするが、ここまで来て、行かないという選択肢は無いよね。


駅からゆるい上り坂を登って林の中に入る。坂はどんどんきつくなり、木々の密度はどんどん濃くなる。翠が振り返って聞いた。

「今日ここに来る事はご両親には言ってあるのでしょうか?」

うわっ、キター。危ない質問。これはちょっとヤバイかな。

「はい。実は初めての休日デートでうれしかったので。この服もお母さんに選んでもらいました」

「そうですか。私も初めてです、女性の方と話すのは。ドキドキしちゃいます」

「え?学校に女の子もいるでしょう」

「あのお……実は僕は学校に行っていないんです」

「へっ?」

その先を聞こうとした時、道が林を抜けた。海を見下ろす断崖の上に古風な洋館がそびえ建っている。ゴシック風っていうんだっけ?

「着きました。ここです」

「え?おうちですか?」

「そうです。子供の頃は日本家屋のお化けが出そうな家だったんですけど、建て替えたんですよ。どうですか?」

私は心の中で「いや、これはこれで西洋のお化けが出るだろう」と思ったが、そんな事は言えないから

「すごいです。海が見える洋館なんてすてきです」っと言った。

頭の中で妄想が駆け巡る。この子が実は監禁マニアで、私は一生ここで飼われて暮らすんだ、とか、この子は実は使い魔で、この館の主人の吸血鬼に指示されてエサとして私を連れてきたんだ、とか。でもそれなら私なんかじゃなくてもっと美人の子を連れて来ればいいのに……。ところでちらっと携帯を見たら圏外だった。けっこうまずいかも。


 玄関を入ると吹き抜けの大きなホールがあり、私たちは赤い絨毯の敷きつめられた階段を上がって二階のリビングに入った。高い天井、南欧風の家具。南側一面の大きな窓からは柔らかな陽光が差込んでいる。外を見るとバルコニーの下に芝生の庭があり、その向こうには一面に大きく広がる日本海が太陽の光にきらめいている。

「ちょっと登り坂で大変なんですけど、ここは海面から五十メートルぐらいあるので、眺めはいいんです」

「う~ん。すばらしい……」なんか気の利いたほめ言葉を考えたが語彙の貧しい私には何も浮かんでこない。

 メイドさんが紅茶とクッキーを運んできた。わーい。本物のメイドさん初めて見た。三十歳ぐらいに見えるけど、綺麗な人で終始微笑んでいた。なんか超お金持ちそうだけど、ご両親は何をやっているのかな、と思って探りを入れる。

「あの、今日はご両親は?」

「ああ、実は父も母も私が子供の頃に亡くなって、私は祖父に育てられたんです」

「……あ、ごめんなさい」

「いえ、いいんです。それで学校にも行かず、祖父が勉強を教えてくれたんですけど、その祖父も先月亡くなったので今は一人で住んでいるんです。兄弟もいないんで」

「…………」

「家事をやってくれる人はいるんですけど」

「あ、あの、お金持ちなんですね」

ちょっと下世話な言葉で嫌だったけど、この不思議な状況を説明してくれる情報が少しでも欲しい。

「ああ、これはちょっと事情があって」

「それにしても素敵なおうちですね。明るいし家具なんかもしっくりしていて」

「家具はヨーロッパにいる友人が骨董屋で買って送ってくれたんですよ」

「へええ。なんかすごいなあ」

「せっかくですから、ちょっと家の中をご案内しましょう」

彼はそう言うと屋敷中を案内してくれた。一階にもリビングがあって、こちらは低いソファですごく落ち着いた雰囲気。大きなステンドグラスのあるダイニング。壁一面に本が詰まった図書室まである。途中で執事さんにも会って挨拶をした。品のいい初老の方。

そして一階の廊下の突き当たりに来た時に、彼が

「あの、ここから地下室に行けます」と言って重そうな扉を開ける。石の壁に地下に降りる階段が延々と続いているのが見えた。湿った空気が吹きあがってくる。さすがに危険な香りを感じたのであわてて言った。

「……あ、あの、昨日は突然声をかけてメアドを聞いてしまってごめんなさい」

駅で言った事の繰り返しなんだけど、もっと情報が欲しいという裏の意味を理解してくれるかもしれない、と思ってもう一度言ってみたのだ。なんか街で出合ってデートっていう感じではなく、知らない親戚の人が訪ねてきて自分を紹介しているみたい。あるいは……このまま地下室に監禁されてしまうかもって不安も拭い去れない。でも監禁するんだったら屋敷や自分の紹介なんてしないで、甘い言葉でとろけさせておいて紅茶に睡眠薬を、という展開になるはず…………。そういえば紅茶飲んだな。

私はすごく緊張し、心臓がどきどきしていた。

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