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水鬼抄  作者: 北風とのう
序章  出会い
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 翌日。私は駅で電車を待っている間にどんどん落ち込んできた。可能性は二つ。今日は電車に乗ってこない。もう一つは電車に乗ってくるが私は何もできない。


 で、電車に乗ると彼はいた。

一昨日、昨日と同じ席に座っていて、真正面の席が空いている。初日と同じ状況だ。私は勇気を出してその席に座る……だけどずーっと下を向いていた。その子はまた窓の外を見ている。しかし電車が走り出すとその子が私の方を見たのが分かった。いや、ずっと私のことを見ているようだ。私がちょっと顔を上げると、眼が合った。そして初日の時と同じようにその子がにこっと微笑む。そしてその笑顔を見た途端、私の中の何かの糸がプツンと切れて、私はその子に話しかけてしまった。

「一昨日からですね。この電車に乗っているのは?」

勇気の無い自分が声をかけるなんて信じられない。どうしちゃったんだろう私。頭の中が真っ白になる。たぶん絶対良い展開にはならないだろうと思ったのだが、その子の答えは良いも悪いも無い、驚くような答えだった。

「そうなんです。電車に乗るのが初めてなんで」

「え?」

「二日ほど練習していたんです」

「え?何を?」

「電車に乗る練習です」

「そ、そうなんですか?」私は彼の答えを聞いてさらに混乱する。もう何を話せばいいのか分からない。次の言葉が思いつかない、たった一つしか。時間が過ぎていく。何か話さなければ……仕方が無いのでその一つを言ってしまおう……、と追い詰められた。

「あの、すみません。メアド教えていただけませんか?」

「え?」その子が困ったような顔をする。私は自分の顔が真っ赤になるのが分かった。心臓がはちきれそうにドキドキする。だめだ失敗だ。やっぱり持っていき方が唐突すぎる。「言葉を取り消したい」本気でそう思う。彼は答えに困っているようだ。……彼の隣の席のおばさん、そして私の隣のおじさんは寝たふりをしているが、絶対に私たちの会話を聞いて事の成り行きに興味津々だろう。しかし彼の答えはまたまた想定外で、そしてすてきだった。


「あの、メアドって携帯電話やパソコンのメールアドレスの事ですよね。すみません、僕は携帯もパソコンも持っていないんです。だから待ち合わせの時間を今、決めましょう」

「へ?」

「明日の土曜日、午前十時に仁井ヶ崎の駅でいかがでしょうか」

「へ?」

今度は彼の方が真っ赤な顔をしている。私は土曜日は朝から塾なのだが、そんな事は当然、セカンド・プライオリティ。彼に恥をかかせるわけにはいかない。っていうか、仏様ありがとう。

「はい。大丈夫です。明日の十時に新居ヶ崎の駅ですよね。じゃあ楽しみにしています」

ちょうど電車が学校のある二戸浜にとはま駅に着いたので、私はそう言って電車を降りた。「隣で聞き耳を立てていたおじさん、おばさん、どう?満足した?ははは」と私の胸は躍っていた。


 私はこの事を沙紀に言わなかった。なんか昨日の沙紀との会話でちょっと悔しい思いをしたから。ここでまた相談して心がかき乱されるようなアドバイスをされるより、少し事が進展してから沙紀には自慢してやろう、そう思ったのだ。

沙紀には「彼は乗って来なかったよ」って言っておいた。ふふふ。


* *


 土曜日、当然塾に行くふりをして家を出た。でも失敗した。ワンピースを着ていたらお母さんから

「あら、今日はおしゃれね」って言われてしまった。

それから母は「おかし持ったの?」っと言いながら全国ご当地KitKatを適当に見繕って袋に詰めて渡してくれる。デートに行く時にそんなの持って行きたくなかったが、いつも塾に行く時にはおかしを持って行っていたから、受け取らないと怪しいよね。私はその袋を小さなショルダーバックに押しこんで言った。

「ありがとう」

「じゃあ頑張ってね」

「は~い。行ってきます」

隠し事って嫌だなあ。


* *


私の名前は鈴木千方ちかた。第三セクターという物の走るここ日本海に面したど田舎に生まれた。この当時は十五歳の高校一年。勉強は中の中の下ぐらいだったけど、スポーツは得意で特に球技にはめっちゃ強かった。小学生の時にはドッチボールで何人もの男子を殺しまくり、全員を泣かしてしまった事もある。


中二の時、男子のちょい悪グループに拉致された。昔、私がドッチボールで泣かした子たちだ。その時の事をずーっと恨みに思っていて、いつか私を泣かそうとチャンスをうかがっていたらしい。男の恨みは恐ろしい。それでバッティング・センターに連れて行かれた。百七十キロまで出るマシンが入ったんだと。しかし男子たちでも百二十キロを超えるとほとんど空振りだったのだが、私はどんどんスピードを上げて百七十キロでも結構打てた。っていうか、なんで皆これが打てないのが不思議だった。「バットを振って、打てばいいだけでしょ」って。それ以来男子のちょい悪グループからも一目置かれるようになり、私の口癖は

「強い男じゃないと駄目だね」になった。

 だから今回、華奢な感じの電車の子の事を沙紀に話すのは恥ずかしかった。沙紀の方が美少年好みなんだよなあ。

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