第七章 告白
携帯で時間を見るともう十時。たしかに終電には間に合わない。えええ、どうしよう。う~ん、仕方が無い。沙紀に頼もう。私はまた隣の部屋に行って沙紀に電話をした。今度は匿名電話で。
『沙紀、今日、沙紀の家に泊まった事にして』
『…………』
『お願い』
『もうお泊りなの?ははは』
『お願い。終電無くなっちゃって、他に方法が無いの』
『方法ね……。タクシーで帰れば?』
『……そ、そ、そうだね』
『千方、大丈夫?』
『うん。私どうかしてた。タクシーで帰る』
私はリビングに行くと翠に言った。
「ごめん、やっぱり帰る。タクシー呼んでくれない?」
「そう……ですか。残念ですけど」
「ごめん、こことっても気持ちいいんだけど」
「まあ、無理にお引止めもできませんので。車でお送りしますよ」
そう言うと翠は部屋を出て行った。しばらくするとメイドの新美さんが来て
「お洋服が乾いていますので、お着替えください」と言って別の部屋に案内してくれた。ワンピを見ると猫の唾で穴が開いた所がきれいに補修されていた。すごい技術。着替えて部屋から出ると翠が廊下で待っていて、私たちは玄関の前に止まっている車に乗った。執事の人が運転するようだ。翠も私の横に座り
「もう遅いですから千方さんのお家までお送りします。私も一緒に行きます」と言った。よかった。まだしばらく翠と一緒にいられる。
* *
車が静かに走り出すと翠が私の耳の側で言った。
「あの、無理にお引止めもできないんですけど」
「何?」
「あの、私の家の一帯は人間のいる世界とは違う空間です」
「……まあ、そんな気がしたけど」
「それで水鬼の男子が十五歳になる時、誕生日の前二日、後二日の計五日間だけ人間の世界とつながって、その間に妻となる女性を探して迎え入れるんです。それを代々ずっとやってきました。まあ、簡単に言ってしまうと誘拐して監禁ですよね」
「ははは」
「最初の日に電車で千方さんを見かけた時に、この人が私の妻になるんだと思いました。それで千方さんが電車を降りる時に後姿を眼で追っていたらふいに千方さんが振り向いたので、眼が合ってしまいました。ははは」
「覚えているよ、私も」
「でも、誕生日に声をかけてきたのがその千方さんだったので、千方さんは啓主なのだと知りました。千方さんはすばらしいです。洞窟の中でどんな状況でも私を導いてくださいました。代々語り継がれてきた啓主ってどんな人なのかと思っていましたが、本当にすばらしいです」
「いや、大した事ないよ」
翠はしばらく黙って自動車の窓の外、真っ暗な空間を見ていたが、やがて私の方を向き直って言った。
「……あの、やっぱり本当の事を言います。僕は千方さんの事が大好きになってしまいました。この人を妻にしたいと。だから洞窟に入ったぐらいの時まで、千方さんは本当は妻になる人で、啓主は違う人なんじゃないかと願っていました」
「……」
「でも千方さんのアドバイスで次々に鬼宝を手に入れて……やはり千方さんは啓主なんだと。悲願の鬼宝が手に入ってうれしいんですけど、なにか複雑な気持ちだったんです」
「……」
「それでも実は、……洞窟の階段を壊して千方さんを閉じ込めて……、人間界から隔絶されるまであと一日、時間を稼ごうと思ったんです。でも啓主であり大恩ある千方さんを無理やり閉じ込める気には、どうしてもなれませんでした」
「私たち、まだ昨日出会ったばかりだし……」
「すぐに恋に落ちるのは僕が水鬼だからなのか。十五歳の誕生日の前後二日で恋に落ちるようになっているのか、とも考えました。……でもやっぱり違います。これは、……出会ったのが千方さんだったからです」
「……」
しばらくの沈黙の後、再び翠が口を開いた。
「明日が人間界と繋がっている最後の日です」
「……」
「だから、明日の夕方六時に千方さんの家の前まで迎えに行きます。もしもその時に僕と一緒に行きたいと思ってくださるのなら、家を出て来てください。もし千方さんが家から出てこなければ、僕はあきらめます」
それから二人は押し黙って無言の時間が流れ、そして車は私の家の前で止まった。
第八章 別れ
翌日、私は家から一歩も出なかった。だって家族や、友達や、今までの生活の全てを捨てられないよ。私が突然いなくなったらお母さんやお父さんが悲しむじゃない。
夕方六時に黒い車が家の前に止まったのが分かったが、十分ほどするとどこかに走り去って行った。そして私は一晩中泣いた。
2014年11月9日
著 北風とのう
皆様、最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。-北風とのう