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水鬼抄  作者: 北風とのう
第六章  夜
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第六章  夜

 断崖に付けられた急な階段を登って、私たちは翠の屋敷まで戻ってきた。もうすっかり陽が暮れていて、庭側の入り口から入るとガーデントーチの揺れる火に照らされて、夜の芝生の庭がとってもすてきだった。芝生を横切って建物に入ると翠はすぐにメイドを呼んで言う。

新美にいみさん、すみません。地下の洞窟まで行って探検して来たんですけど海に落ちてしまいました。千方さんにシャワーを浴びさせてあげてください」

メイドさんは少し驚いていたが、すぐに微笑みを取り戻すと私をバスルームに案内してくれた。

「お洋服を洗います。こちらに代わりの服を置いておきますので、乾くまでの間それをお使いください」

シャワーを浴びている間、私は今まで起こった事を思い起こして整理していた。とりあえず翠の一族の目標達成は手伝ってあげた。たぶん最後の一つを残してきたという判断も正しいと思う。それで私はこれからどうなるのだろう。と、そこまで来てお母さんに電話しなきゃ、という事に気が付き、すごくあせった。今何時?

 シャワーを浴びて出てくると、新品の下着とトレーナー上下が置いてあった。手紙が置いてある。

『メイドの新美です。下着とトレーナーは新品です。ちょっとサイズが大きいかもしれませんけど、どうぞお使いください』ああ、メイドさんが自分用に買った物だな、と思った。

 トレーナーを着て廊下に出るとちょうど廊下の向こうから翠が歩いてきた。翠もトレーナーに着替えている。色が白いし、すらっとしているから何を着てもよく似合うなあ。

「翠もシャワー浴びたの?」

「はい。浴びました。二階で」

なるほど。これだけの屋敷ならバスルームが二つあって当然だよね。

「あの、お母さんに電話しなければいけないんだけど。ここは携帯が圏外なんだよね」

「そうなんです。家の電話を使ってください」

翠はそう言うと小さな部屋に私を招きいれた。翠の勉強部屋のようだ。私が置いていった教科書や携帯も机の上に置いてあった。時計を見るともうすぐ八時だ。とたんに頭がパニックになる。やばー。どうしよう。

「あのお、僕は部屋を出ていますから。終わったらダイニングに来てください。食事を用意しています。お昼も食べてないんですよね。僕たち」

翠はにこっと笑って部屋を出て行った。

六時には家に帰っていなければならないのに。お母さんに何て言おう。双頭の犬や空飛ぶ猫頭より恐ろしい現実に私は途方にくれた。携帯で番号を調べて沙紀に先に電話をする。コール音が鳴っている間「さきにさきに電話する」なんてくだらない駄洒落が空虚に浮かぶ。

『沙紀?私。千方』

『ああ、千方。遅かったじゃない。心配したよ。もう』

沙紀が怒っている。

『え?』

『どこにいるの?この番号はどこ?』

まずい。番号匿名で掛けるの忘れた。

『千方のお母さんから私のところに電話がかかってきたよ』

『え?それで何て言ったの?』

『う~ん、どうしようか迷ったんだけど、とりあえず塾で追試だと思いますって言っておいたよ。でももしも事件とかに巻き込まれていたらどうしようかって、すごく心配しちゃったよ』

『沙紀、あんたはすばらしいよ。いい友達を持った。ありがとう』

『ははは』

『で、もう一つお願い。今日、沙紀の家でご飯食べた事にして』

『え?誰と食べてるの?』

『……』

『まあ、いいよ。乙女だもんね。今度教えてね』

『……』

『無言っていう事は、そうなんだね。ふふふ』

『沙紀、ありがとう。じゃあね』

『貸しだよ千方』

 それからお母さんに電話をした。もちろん匿名コールで。沙紀の家は塾や高校のある二戸浜にあるので、今までも何回か食事をご馳走になった事があった。だから塾の追試で遅くなって沙紀の家でご飯食べてもおかしくない。それにしても沙紀は偉いなあ。塾で追試って微妙にあり得なくて笑っちゃうけど、追試だったら携帯に出られない理由にもなってるし。


 ダイニングに行くと翠が待っていた。蝋燭のゆらゆらした炎に照らされる翠の笑顔がすてきだった。食事は家庭的なフレンチと言うのだろうか。オードブル、スープ、魚料理、ステーキと、どれもとっても美味しく、なぜか懐かしい感じがした。そしてデザートを食べている時に翠が言った。

「コーヒーは隣のリビングで飲みましょう」


 リビングに入ると深いソファに腰掛けた。翠が向かいのソファに座ろうとするので言った。

「ねえ、隣に座りなよ」

翠の顔が赤くなるのがわかった。隣に座ると翠は改めて言った。

「千方さん、本当にありがとうございました。祖父の代から何度も試みて、どうしても取れなかった鬼宝が、やっと取れました。千方さんのおかげです」

「ねえ、鏡は何に使うの?」

「太陽の光をこの鏡で反射させて当てた物が液体になるという話です」

「……」私はそれがどういう意味かしばらく考えていた。物を液体にして何の役に立つんだろう。

「これは武器です。太陽が出ている時はこの鏡で相手を溶かしたり建物を壊す事ができるという話です」

「へえ。それすごいじゃない。遠くのビルとかでも破壊できるのかな」

「いや、そこまですごくないと思いますよ。液体になるのは光があたる表層部分だけですから。そして液体になった部分を腕輪で退けながら光を当て続けて穴を開けていくのでしょう」

「へえ」

「だからあの時に、狢の化けた私のお母さんを攻撃しないであきらめた人にこの鏡を渡すというのはなんとなく分かります。千方さんは本当に素晴らしいです」

「ははは。で、最後の一つは何だっけ?私たちが取らなかった物は?」

「鈴です。この鈴は猛烈な力を持っていると言われます」

「何?」

「雲を呼び寄せて雨を降らせます。平安時代に祖先がこれを使って干ばつを終わらせたという話が残っていますが、実は、誤って台風を呼び寄せて大きな被害が出たという話もあるんです」

「へえ、すご」

「稲の神様との盟約もこの鈴の力だと思います」

「へえ」


執事が入ってきて暖炉に火の付いた薪をくべていった。六月も終わりだが確かにちょっと寒いかも。ゆらゆらと揺れる炎とパチパチという薪の音を聞いて私は本当に気持ちよくなってしまった。

「あのさあ、さっき海底洞窟で空気を口移しでくれたでしょ。どうもありがとう」

「いえ。たぶんそうなるだろうと思っていました」

「あれ、私のファーストキス」

「……」

翠はしばらく何も答えなかったが、私の手を握ってぼそっと言った。

「僕もです」

そして私たちはお互いの肩に手を回し、キスをした。

翠が言う。

「あの、今日は泊まって行ってくださいますよね」

しかしその一言で私は眼が覚めた。やばい、帰らないと。

「だめだよ。親が心配する。帰らなくっちゃ」

「え?でも、もう電車無いですよ」

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