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04

 ようやく退院、仕事が山積みなので病院からそのまま大学に向かう。

 教養部生存種探求課に戻り、自分のロッカーを開けようと手をかけた。

 想定外だった。

 中には、目も口もまん丸にした南奈美恵がぴくりともせずに収まっていた。

「な……」誰かが失敗した事を、しかも禁じ手を再び使うという学生はほとんどいない、しかし私は南を完全に読み違えていた。

「あの」南はようやく声に出した。鼻にかかるような甘い声、しかも、白い飾り気のないタンクトップに白いパンティ一丁という、こちらもまたギリギリな姿、足もとに実習服が丸めて置かれている。それを踏む、すんなりした素足、ペティキュアは桜色だった。

 鼓動を鎮めるのに2秒以上かかってしまったが、私も何とか冷静な口調に戻す。

「何をしているんですか? ロッカーを開けるのは禁じましたが」

「あああのすみません話せば長くなるんですが更衣室で着替えてたら実習服を教室に忘れたのに気づいて誰もいなかったのでそのまま取りに行って帰って来る途中足音がしてそれで」

「何を言ってるんですか、君は」何故だ、この声を聞いていると落ちついていられなくなる。

「それでここを開けて入ったと?」

「いえ!」真剣な表情で右手を上げてみせた。

「開いてたんです! だからつい飛び込んで私は閉めただけです」白い二の腕の内側がちらりと見え、また私の鼓動が飛ぶ。

「まさか先生がおいでになるとは……今日ご退院と伺ってたのでサプライズプレゼントを、と思って早く来たんですが……すみません! あの節はご迷惑おかけしましたしお詫びも兼ねてあの、」

 泣きそうなのか、大きな瞳がうるんでいる。

「キ、君は張り紙を読まなかったのですか」私の声は裏返っていなかっただろうか。

「もちろん読ませて頂いてます、でもよく考えると私身長157.9ですし、体重もハッキリ言いたくないですが基準クリアしてますし身体のドコもつるんぺたんで発達してませんし」

「見せない! そこ見せないで!」まずい、常態維持が困難になりつつある。

「ごめんなさい! それに中身には一切手を触れてません、ギリギリ立ってますしあああっ」そこで頭から長い銀色のピンが滑り、留めてあった長い髪がすらりと落ちかかる、彼女は大声を上げてそのピンを止めた、が、髪は更になだれ落ちてきた。「きゃああっ」

 慌てふためく彼女はバランスを崩し、私に身を投げ出すように前に倒れる、私も普段ならば彼女くらいは片手で止められるが、ようやく無理して退院してきたばかり、どおっと押し倒されてしまった。

「せ、せんせい」馬乗りになったままの彼女の激しい鼓動が、シャツ越しに私にまで響いてくる。彼女は銀の簪のようなヘアピンをなぜか私の目の前にかざしたまま、凍りついている。

「だ、大丈夫ですか? すみません、重ねがさね、あの、あの」もう駄目だ。

 私はヘアピンを握っている彼女の手首をしっかと握り、自分の方に近づける。

「え……っ?」

 されるがままの南、私は彼女の手を持ったまま鋭く尖ったピン先を自らの頬に滑らせた。左目の少し下、やや力を入れて。痛みが走り、少しして、ぬらりとしたものが頬を伝い落ちる。

「先生!」息をはずませる南の下で、私は言った、できるだけ冷静に、

 自らが崩れる寸前に。

「血が流れましたので、18番南奈美恵君、課題はクリアです」


 全快祝いは唯一の友人である良知と二人、いつもの居酒屋、カウンターの片隅で行われた。

 二人とも、ここまで呑んだのは学生時代以来だったろう。

 色々な話をした、お互いの学校の事、授業や他の教授についてのあれやこれや、学生の様子……良知も他大学で教鞭をとっている、厳しい教官だ、学生にとってはかなりの難物であろう。それを知っているからこそ、私も負けてはいられない。

 感情がないから故ではない、彼に対する強い友情、ライバル心こそが私を私たらしめる主たる所以である。しかし……

「出来の悪い学生、お前の所にもいるって言っただろ? 前に言ってただろ恭介、南とかヒガシとかいうどーしょーもない落ちこぼれに手を焼いてる、ってさ」

 彼女のことだけは、なぜか素直に話ができない。私はとぼけてみせる。

「ああ? そんな話したか、まあ、まだ粘ってはいるけどな。南奈美恵、と言うんだが」

「今回も補習なのか? さっさと落第させればいいのに」

「そうしたらまた来年つきあわねばならん」それもいいかな、とどこか頭の片隅で思って私はどきりとする。よかった、モニターはもうとっくに取り外してあった。

 珍しく酔っぱらったらしい。良知は声を張り上げた。

「だよな。また翌年もつき合うなんぞ時間の無駄だし。

 まあ、昔からお前にも言ってる通りさ、俺の脳内辞書には、できの悪い子ほど可愛いという言葉なんて無いんだ、お前もなんだろ?」

 私は杯を取り上げて彼に掲げ、そして言った、涼しい顔のまま。

「全く、その通りだ」


 何度目かの乾杯をしながら思う。

 もう少し、彼女と闘ってみようか、と。


 


 了


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