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02

 もちろん公正を期すために、『精神的ダメージを与えたか否か』にも厳密な基準と判断材料が明らかにされている。

 学校の構内に一歩足を踏み入れるや否や、私の体温、心拍数、呼吸数、血圧のモニタリングが開始され、課のメイン教室前掲示板とサバイバル人生講座受講中である学生たちと秘書との携帯に常時配信される。

 学生からの攻撃があってそれらデータが一定範囲から逸脱した時に、私の端末に

『yes or no』

 の表示が現れる。私がnoを選んだ時、自らの負けを認め、学生は課題をクリアした、ということになるのだ。

 私はかなり忍耐強い、少しくらいのショックや痛みで心拍数が変わるということはまずあり得ない、それに精神的にも安定しており、常に冷静だ、それは感情というものに常に押し流されることがないからだ、例えば……


「きょ、お、じゅうぅぅぅ」

 今年度もこういうパターンが来ると思っていた。私は扉を開けたロッカーの中を平然と見守る。

 私のロッカーの中には多分バラ科の植物であろう甘ったるい強い匂いが渦巻いており、四角い空間一杯に、薄いすべすべした下着一枚の女性がつま先立ちで収まっていた。

「教授、はっぴーばすでー・つー・ゆー♡」

 09番 細江田 理紗。専攻の中では最も美人でスタイルもよい、との評判高い学生であった。性格も積極的で勉学にも熱心、誰からも人気がある。

 そんな彼女がほんの少し頬を赤らめながらも、ほとんど裸と言っても良いような格好で狭い空間に詰まっているのは、普通ならば男は、いや、女でもかなり動揺してしまうだろう。

 しかし、これすら私には想定内であった。色仕掛けは効かない、とこれも講義で伝えたはずなのに、さすがの細江田でもダメ元などと思ってしまったのであろう。

 細江田は胸に挟んであった棒状のキャンディーを、ルージュの光る唇ですっぽりと咥え込み、意味ありげな目線で舌を使いながらそれを上下させつつねちっこく舐めている。

「きょうじゅも、いかがれすぅ?」口に物を入れたまま、彼女は白い腕で私のきっちり整えた髪を抱えるように頭を抱き寄せた。

「悪いですが……」胸に押さえつけられて私の声はくぐもる。しかし、脈拍は変わらない。

「経口接触による虫歯菌の感染が心配なのでそれはお断りします、それに、この秋口の肌寒い時期にいくら校内でエアコンが効いているとは言え、そのシュミーズにパンツ一丁というのは明らかに体温調節に不向きでしょう、しかも課内とは言え、誰もが通る廊下でその格好は不謹慎でしょう、シュミーズにパンツ一丁……」

「……ベビードール・ランジェリーにスキャンティです!」

 かなり気を悪くしたようだ、細江田の声が低くなる。「高かったのに!!」

「それに私の誕生日は1月1日、まだ先です。それとついでにアナタは私の買い置きしてあるうまか棒めんたい味の30本パックの上にしっかり乗って半分以上を踏み潰しています」

 細江田は腕をようやく前に出し、端切れのような小ぶりのパンツに挟んであった携帯端末を確認。

 私の心拍数などのバイタル・データに何の変化も無いことを確認し、むっとした表情のまま、ロッカーから出ようとした。だが、

「あ……ら」無理やり入ったのだろう、どこか引っかかってびくともしない。

「た、助けて」ロッカーから身を引きはがそうとするたびに、足もとのスナック菓子がメリメリと割れる音が響く。「イヤ~!」

 澄川くーん、と私は久々に大声を出す。はーい、と秘書が慌てて飛んできた。

「どうされました? 何かありました?」バイタルは正常ですのに、とやはり携帯を見ていたので私はロッカーを指した。

 澄川君は一瞬、目を見開いたもののさすがに慣れたものですぐに穏やかな笑顔に戻り

「うん、大丈夫すぐに出してあげるからね、ええと、細江田さん、だよね」

 低く落ちついた声で、パニックに陥りかけた細江田に語りかけながら救出作業へと入っていった。

「ぱんつが脱げないように気をつけてやってくれたまえ、澄川君」

「すきゃんてぃーですってばぁぁぁぁ」彼女の喚き声がいつまでも廊下に響いていた。


 それから暫らくして、澄川君に命じてロッカーの扉にこのような掲示をした。

『他人のロッカーを開けたり、内容物に触れたりしないこと。

 身長158センチ体重55キロ以上または身体の一部分が極めて発育している者の内部侵入を固く禁ずる

 また、内部の私物を壊したり傷付けたりした者は無条件で弁償(2倍)するものとする』


 二週間後。

 細江田は少し痩せたようだった、しかし、単位はまだ、取れていない。

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