01
私の名はカンザキキョウスケ、キョウは狂気の狂、とよく言われるが『うやうやしく』の恭である。スケは介護保険の介。
ここ国立某大学教養部生存種探求課の教授であり、2年必修の『サバイバル人生講座』を担当して10年になる。
この時期になると必ずと言っていいほど、命を狙われる。
課題が課題だからだ。
すなわち
『担当教官の神埼恭介を学内にて襲撃し、生命を奪うことなく肉体的または精神的にダメージを与えよ』。
若者たちは無謀だ。わざわざ『生命を奪うことなく』と明記されているにも関わらず、全力でぶつかってくる尻の青い奴が多い。
また、夢中になり過ぎて『学内にて』という条件もうち忘れ、夢中で私を襲おうとするあまり学外で逮捕されてしまう学生も何人か出ている。
2年でこの授業が必修となるのは約20名、そのうち毎年7割くらいがどうにかこの課題をクリアできる……本当にギリギリの線で。
あとの3割は課題がこなせず、単位が取れず留年、もしくは泣く泣く他の専攻に移る。
それでもやはり、若者たちは無謀だ。それが彼らの特権なのかも知れないが。
今日も何か、きな臭い予感がする。
「神埼先生、お茶が入りました」
秘書の澄川がヒールの音も高く部屋に入ってきた。
私は素知らぬ顔をしてカップを受け取る、が口はつけない。
「どうされました先生」
「きみは澄川君ではありません、よってこのお茶は頂けませんね」
澄川、ではないその人物は突然がばっと顔を剥ぐ、建築デザイン課の3Dプリンターで作られた急ごしらえの立体マスクがべりっとはがされ、中から倍近い容量のむっちり顔がむき出しになった。汗もしとどだった。
12番山岸シゲオはぜいはあしながら「な、なぜ判った」と後ずさりする。べき、とヒールの片方が折れてずっこけそうになった。
「澄川君の形態模写はさすがでした、一発芸キングと呼ばれているだけの力量は認めましょう、ただし」
びしっ、と指を突きつけると彼はさらに後ろによろめいた。身体にぴっちりしたワンピースがめりめりと裂ける、身体全体もコピーで作ったらしく、膝がしらがぱっくりと割れて奴の中身がはみだしてきた、脇や腹のあたりも少しずつ裂け始め、ゴムボールに詰まった肉色の羊羹が外に押し出されつつある、そんな様相を見せ始めている。案外気味の悪いものだ。
しかしこんな情景も初めてではない、私には十分想定範囲内なのだ。
「私の鼻が利くのは、講義でも何度か触れた筈、大きなヒントですよ。私はその樹脂の匂いには人一倍敏感です、次に、澄川君のお茶はいつも一煎目の香ばしいものですが、きみの運んできたお茶は二煎目以降、香味が飛んでいます、かすかに薬品臭もする、下剤でしょう」
山岸は力なくうなだれる。そこに更に追い撃ちの一言。
「それにきみは……ワキガが匂いすぎる」
山岸はがくりと膝をついた、澄川君を模した形よいバストがずるりと太鼓腹にまでずり下がった。
「12番、ヤマギシ・シゲオ 課題は不可です」
また1人、留年が決定した。