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視線を感じる。遠くから、近くから。わたしは振り返る。だけどそこには何もない。
誰もいない。なのに感じる。見られている。
……誰だ。
わたしは走る。上も下もない空間をねとつく視線から逃れようと走る。だけどそれは振り返ると必ずある月のように、人形に絡む糸のように、纏わりついてきて離れない。
見られている。
見られている。見られている。
わたしは走り続ける。闇はどこまでも深く、終わりが見えない。
息が切れてくる。足がもつれる。限界はとっくに超えていた。それでも止まれない。止まってはいけない。捕まってしまうから。
それともわたしはとっくに蜘蛛の糸に絡まっているのだろうか。
知らない内に、餌になっていたのだろうか……。
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目覚まし時計の音で目が覚めた。どこかでおばさんの声が響いている。だるい体を持ち上げて時間を見た。
…7時半。
眠気が一気に吹き飛び、わたしは飛び起きた。寝過ごした。
慌てて階下に下りると葉月が出て行くところだった。中学のジャージを着て、生意気にもこちらを見て顔をしかめる。
「ばたばたうるさいんだよ」
「寝過ごしたの!」
「おれより早く寝てるくせに何やってんだ」
「うるさい。早く行きなさい」
そう言い返すが、実際葉月の言う通りだった。最近妙な夢ばかり見ていて、わたしは寝不足だったのだ。だから昨日は早くベッドに入ったのに、結局寝坊してしまっては元も子もない。
ばーか、と葉月は笑いさっさと出て行った。陸上部の朝練があるのだ。それを見送る余裕が無論わたしにあるはずもなく、ドアが閉まるのを待たずにキッチンに駆け込む。
「ああ、やっと起きた。声かけても全然反応がないから、どうしたのかと思ったわ」
「うそ、わたしそんなに寝てた?」
「最近ずっとそうじゃない。夜更かししてるんでしょう」
言いながら、おばさんが弁当を渡してくれる。まさか夢のことを話すわけにもいかないので、曖昧にごまかして笑う。
……ああ、もう、行かなくちゃ。
どたばた一二階を行き来し、最後に和室に置かれた位牌に手を合わせる。ここ数年欠かしたことのない習慣。
「行ってきます!」
「はーい、行ってらっしゃい」
声の主はもちろんおばさんだ。わたしたち姉弟には両親がいない。今のところは叔父叔母夫婦の養子という形で籍を入れている。外に出ると、煮え切らない曇り空が目についた。昨晩の雨でアスファルトの地面が濡れている。
わたしは走る。いつものように。




