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だいぶ前にプロローグだけ書いていた話です。

改行が少なく、かなり読者に優しくない仕様となっております。

よければどうぞー


プロローグ 深夜0時


 日本と名付けられた国の首都、東京を雨が包んでいた。雨、といっても傘もいらないぐらいの霧雨で、降る音もほとんど聞こえない。至る所で着いている街灯や灯りが細い雨を幽かに浮かび上がらせていた。そうでもしないと存在が分からないぐらいの霧雨だった。おそらく朝日がこの街に姿を見せる頃には止んでいるだろう。外を歩いている人も、静かに道を行く車もたいして気にはしていなかった。それぐらいの雨だった。


 東京の街は空中からだと無数の星が瞬いているようにも見える。天上と地上、どちらもその先には宇宙が広がっているようだ。街はもっともっと深い闇に沈みこもうとしていた。


 中央省。そんな平凡な名前が付けられたこの国最大の建物は、地上の星が最も集結しているところにある。眩しいほどのライトアップはこの建物を支配している御方の権力の象徴らしく、闇夜に惜しげも無くその巨大な姿を煌々と浮かび上がらせている。今は闇に紛れているが、この巨大な人工物の周り一帯は、木が生い茂って森になっている。真上から見ると、ちょうどドーナツのようにきれいな円を描いていた。なぜ、こんなところに森を残してわざわざ出入りしにくくするのかと東京に住んでいる住民は度々愚痴混じりに思うが、誰もその疑問を口には出さない。たとえ口に出しても、答えを知っているものはいない。世間に飛び交っている「真相」というものは単なる噂でしかなかった。その答えを知っているのは中央省を統べている一握りの者だけ。そしてこの街、いや、この国が滅びるまで、その答が彼らの口から出てくることはない。


  街中に建てられたどの人工物よりもはるかに高く、はるかに大きくそびえ立つこの建物の屋上に、二人の男がいた。といっても普通ならあり得ない。屋上に辿り着くまでに、地上から数えればざっと五十二回は必ず捕えられ、よければ警察、悪ければ即刑務所送りになるからだ。もっとも二人は「普通」という枠に入り切るような存在ではなかったのだが。この国の大半の住人から見れば、彼らは確実に「異常」の部類に入ることになるに違いない。どちらにしろ彼らには関係のないことで、彼らが気にすることでもなかったし、彼ら自身も全く気にかけてなどいなかった。


 二人の男、というかまだ若い青年と、男と呼ぶには少し抵抗のある高校生ぐらいの男子は、そろって建物のふちに腰掛けて煌めく東京の街を見下ろしていた。夜の都会は昼間よりもきれいだ。色とりどりの何百もの宝石が街中に散りばめられたかのようで、見るつもりがなくても思わず見とれてしまう。


 ふいに男の方がはるか下に広がる宇宙を眺めていた顔を上げて、本当の宇宙を見た。そこに漆黒の玉がはまっているのかと思う底の見えない黒い瞳。腰ほどまで伸ばされた長い黒髪。それは無造作に、というか見るからに適当に一つに括られている。男の動きに合わせてそれはさらさらと揺れた。男はしばらく上を見上げていたが、唐突に隣に座っている少年に尋ねる。

 「何時だ?」

 突然の質問に慌てる風もなく、右腕を目の高さまで持ち上げた少年は、明らかに異質な風体をしていた。黒目黒髪の男ならまだ日本人で通じるだろう。しかし少年は彼とは全く正反対の外見をしていた。

 暗闇の中、時計盤を見つめるその瞳は銀色。所々はねている長めの髪の毛は、ほとんど透明に近い白。霧雨に濡れた肌は灯りを反射して、淡く虹色に光っているように見える。全てのパーツが人間とかけ離れていたが、時刻を告げる声は、弾むような少年の声そのものだった。

 「零時四分…ぐらい」

 時計から目を離し、伺うように男を見上げる。男子にしては大きな目を細めると、瞳の中で銀の三日月が生まれてくるりと回った。大きくあくびをしてから眠そうに、

 「なあ、まだ帰らねーの?もう今日になったし帰ろうぜ。俺三日寝てないんだけど」

 「そんなぐらいで音を上げるな」

 「暇だし、眠いんだよ。あんたは平気だろうけどさ。…何待ちなんだよ、一体」

 「頃合いだ」

 男が呟いた時、ほんの僅か雲が切れて月がのぞいた。男はおもむろに立ち上がり、地面のふちぎりぎりに立つ。目の前にはただ空間が広がっているばかりで、一歩間違えれば完璧な飛び降り自殺ができる。そんな場所でこんなに堂々と降る舞えるのはすごいと言うべきだろう。直立不動で両腕を前にぴんと伸ばした状態のまま、男は目を閉じた。ゆっくりと深呼吸する。

 男の額にミミズ腫れのような赤く細い線が浮き上がった。突き出された両の手の甲にも、両頬にも赤い線がじわりと走る。そして、

目を開いた。五つの目玉がそれぞれの場所でぎょろりと蠢く。

 通常の二倍はあろうかという目だった。赤黒い瞳孔を拡大したり縮小したりしながら、男の体から抜け出したいともがいているようにも見える。かなり不気味な光景だったが、それはほんの数十秒で終わり、目が閉じられる。代わりに男の目蓋が上がった。手の甲に残る赤い線を一瞥してから、少年に声をかける。

 「終わったぞ」

 「…いたの?例の奴」

 少年が立ち上がりながら聞くと、男は頷いた。その顔を見る限り、ついさっきまで目が七つになっていたなんて想像できないだろう。二人とも、それが当然とでもいうように平然としている。

 「無事にな。お前の言葉で言うと……」

 「ただのお嬢さん。そんなことより早く帰ろうぜ」

 「ああ」

 男がそう言うと同時に、少年は軽くジャンプして夜の闇にその身を投じた。続いて男も。 一瞬にして二人の姿が見えなくなる。


 霧雨が東京の街を包む。月は再び雲に隠され、残ったのは静寂のみ。

 雨はもうすぐ止もうとしていた。

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