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空想噺短編集  作者: 遊耶
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月消しの悪魔



 男は月が嫌いだった。

 その理由は男には分からない。しかし、それは恐怖ともとれる感情であった。

 夜の帳を照らす月光には畏怖を覚え、「月」という文字ですら吐き気を催すほど嫌悪していた。



 そんな月に覚える人生を何十年過ごしてきただろうか、転機はいつだって唐突に訪れる。



 男がいつもの様に現代日本のサラリーマンという過酷な仕事を終え、自らの遥か頭上に浮かぶ月に恐怖を感じながら帰路についていた時のことだった。



 男の前に一匹の悪魔が現れた。困惑する男をよそに、悪魔は下卑た薄ら笑いをその顔に浮かべながら男に言った。



 「お前は選ばれた。この瞬間、お前にはこの世の全てのものの内、どれか一つを無条件で破壊できる能力を得た。たとえ消したいものが人間であっても、建物であっても、世界そのものだとしても。お前はそれを破壊できる。ただ、この能力が宿るのは今晩だけだ」


 


 その言葉に、男は戸惑いつつも喜びの表情を隠すことが出来なかった。ああ、ついに恐怖と苦悩の夜に決別をつけることが出来るなんて!


 

 既に男の答えは決まっていた。男は悪魔をじっと見据え、その声を張り上げた。

 「月を消してくれ!月に纏わる一切合切を、俺が恐怖する『月』という存在を抹消してくれ!」



 悲痛な叫びとも聞こえる男の願いを聞いた悪魔は、それまで浮かべていた薄っぺらい微笑を打ち消し、少し目を見開いて言った。



 「ほう。それならお前は、『月』という存在を無かったことにしたいと。そう、願うのか?」



 その問いに男は答えなかった。ただ、その沈黙は雄弁なほどに肯定を意味していた。

 


 「了解した。今から『月』を消そう。一度消えたものは元には戻らないが、それでも良いか?」



 もちろんだ、という男の瞳には強い意志が込められていた。

 



 「では、望みどおり月を消そう。後悔はするなよ」

 パチン、と悪魔は指を鳴らす。その瞬間、男の頭上に出ていた忌々しい衛星が音も無く消え去った。


 これからはもう忌々しい惑星に恐怖する事は無い。男は喜びのあまり歓声を上げようとして―




 その瞬間、男の視界がぐにゃりと歪んだ。



 倒れたのだ、と気付くまでに数秒の時間を要した。

 しかし何故倒れたかという疑問の答えに男はたどり着かない。男は悪魔に尋ねた。


 「なぜ、俺が倒れているんだ!」


 悪魔はその男の姿を見て、下卑た笑いで答えた。


 「お前は言ったはずだ。『月』の存在を消せと。それに纏わるものの存在も消せ、と」

 悪魔は続ける。男はもう死んでいるのだろうが、構わず、続ける。



 「つまり『月』の存在があって成り立つもの、『腹』『脚』『腕』、さらには『脳』までその存在が無かったことになったんだよ。今頃、日本人は皆死んでいるだろう」


漢字の話。


『月』は部首として関わっているから、『脳』を『のう』と読む日本人は皆、脳や腹が消えたから死んでしまった。という。



……我ながら分かり辛い。

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