人間辞典
僕の目の前に辞典があった。
普通の辞典より厚く、黒く染まった表紙には仰々しい文字で「人間辞典」と書かれてあった。
「…なんだこれ?」
僕はその辞典を手に取り、何気なくページをめくる。
ふと目を留めたところに、見覚えのある名前があった。僕の友達の名前だ。
そこにはこう書いてあった。
【××××(1996~2043) 男。××高校に進学後××大学を中退。音楽家としての才を成し、一躍有名人になる。心筋梗塞で死亡】
開いた口が塞がらない、とはこの事か。友達の名前としてここに載ってある事柄が一致している。友達は軽音楽部で、現在僕と同じ××高校に在籍している。これは彼本人としか考えられないくらい一致している。
「まさか、他の奴らも…」
好奇心半分、恐怖心半分で他の知り合いや親戚の名前を辞書で引く。
「あった…」
友達の名前、親戚の名前、さらには死んだ祖父の名前などが載ってあった。
経歴、今までの人生、祖父に至っては死因さえも正確に事細かに。
僕は自分の手元にあるその重く仰々しい辞書を半ば怯えながら見る。
人間全てがこの辞書によって人生を操られているのだろうか。
それとも、神か何かの仕業なのだろうか。
疑問符が次々と浮かんでくる。
しかし、その中でも抜きん出て強い疑問となって僕の頭を巡るものがあった。
「自分の名前を引いたらどうなるんだろう」
震える手で、僕の苗字の最初の文字を探す。一枚一枚、ページをめくって。
全てを知ってしまうであろう好奇心と恐怖心に耐えながら。
一枚一枚、めくっていく。
「………あれ?」
無い。
その辞書には、僕の名前が綺麗に抜け落ちていた。
そんなはず無い、と思いながら必死にページをめくる僕。
とうとうその辞書の中に僕の名前は無かった。
「…ふう」
深い溜息と共に、安堵したようながっかりしたような気持ちになる。
全ての名前を網羅しているわけじゃないんだ。そんな事を暢気に考えながら。
そんな風に気が抜けている僕の目に、「それ」が飛び込んできたのは偶然だろうか。
辞書の最後のページ、最後の行にふと、目が留まった。
僕はそれを軽い気持ちで読むことを心底後悔することになる。
「人間辞典」の最後のページ、最後の行に書いてあった後書き。
『なお、ここに載っていない人名は存在していないか、生きてても特に意味が無い人間です』
存在意義。
アイデンティティー。
『僕』は自分の存在意味が無いことに気付き、絶望した感じのオチです。
正直上手く纏まんなかった。。。