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異世界トリップしたので三匹の子豚をリスペクトしてみた。

作者: 氷純

 どうやらスキル制とかいう世界らしい。

 俺は目の前に浮かぶ光の文字群を眺めながら、どこか薄ぼんやりとした頭で悟った。

 参ったな。特に取り柄があるわけでもないし、特殊能力もない。単なるフリーターですよ、俺は。

 こんな森林、いや密林か。サバイバルしても三日で野垂れ死ぬ。


「おや、珍しいな。世界漂流者か?」


 背後から声を掛けられて振り向くと猟師らしき男がいた。

 あぁ、弓が現役なんですね……。弦が切れてるし。

 情報収集がてら男に話を聞くと機械の類が一切存在しないらしい。

 ありがちなファンタジー世界設定に敬意を表してこの言葉を送ろう。

 神様、手抜きはよくない。

 話をしている内に男の住む村に着いた。村長はなかなかに気さくな好好爺である。

 俺のような異世界トリッパーは珍しいが文献がいくつか残る程度には例があるとの事で同情的だった。同情ついでになんと村に住まわせてくれるそうだ。

 異世界人情に目がうるむ。


「家も建ててやらねばならんな」


 それから五日ほどで小屋を村外れに建ててくれた。俺も手伝っている内に会得した建築スキルを持った村人達によるスピード工事だ。


「ついに俺もマイホーム持ちに」


 前の世界では早くも諦めていた夢のマイホームである。我が城よ!

 しかし、何故か窓が嵌っていない。壁にでかい穴があいた状態だ。

 密林の真ん中にある村だから安眠の敵、蚊が大量発生するというのに、これはいただけない。

 そう思って周囲を見れば、なんと木窓が壁に立てかけられている。

 最後の仕上げは家の主の手でという粋な計らいだろう。泣かせるではないか。

 俺は笑顔で木窓を持ち上げて壁に打ち付けた。それを見た村人の一人が声を上げる。


「おい、馬鹿! 何してやがんだ!?」


 村人の台詞に首を傾げる俺だったが、周囲の者は頭を抱えるばかり。

 怪訝に思う俺の耳に重たい足音が聞こえたのはその時だった。

 音の出所を探る内に密林の茂みが揺れた。


「ブフォオォォ!」


 姿を現したのは体長二メートル超えの二足歩行する豚だった。


「よりによってオークか」


 村人が嘆息混じりに言う。

 オークは肩に担いだ石斧を振り被った。


「ブフォッフォ」


 何が嬉しいのか、豚顔が喜色に染まる。

 村人達は諦めたような顔でオークを見つめていた。


「って、逃げろよ! 見るからにあぶねぇだろ!?」


 呆気に取られていた俺は正気を取り戻して近くの村人の肩を掴んで揺さぶった。


「あぁ、お前の世界には魔物がいないのか。物騒に見えるが魔物は人を襲わないぞ」


 平然と言う村人。

 人を襲わない? それなら何故、石斧なんか持っているんだ?

 問い掛けた俺に対して、村人はオークに向けて顎をしゃくる。


「ブフォオォォ」


 かけ声らしき鳴き声と同時にオークが斧を振り下ろした先には──


「マァイ・ホームゥ!?」


 なんて事しやがる。

 我が家はオークが滅茶苦茶に振り回す石斧の餌食となって粉砕される。

 十分とかからず我が家は瓦礫の山となった。オークは雄叫びを挙げる。外見からは想像できない紳士的な礼を村人にしてオークは密林へ引き上げていった。


「俺の、俺の家が」


 お無くなりです。原型もなく。跡形もなく。


「魔物は人工物を壊して回る習性があってな。回避するには未完成のままに留める事だ。あいつらは完成品しか狙わんからな」


 だから弓の弦を使用する直前まで張らなかったりしたのか。狙われないようにとの知恵だったのだ。

 そりゃあ機械文明なんて夢のまた夢だな。


「まぁそう気を落とすな。また建てればいい」


 それから四日後、再び俺の家が建てられた。

 今回は俺の建築スキルも人並みになったので作業効率も上がった。

 未完成にするとの前提があるので壁の仕上げ塗りをしないで置くことになり、俺は最後の作業を終えた。

 村人達も連日の建築作業で疲れていたが、やり遂げた顔で互いを労っていた。

 俺はみんなの下へ行き感謝を述べる。


「皆さんのおかげでようやく我が家が“出来ました”」

「おい、馬鹿っ!」


 いきなり村人に怒鳴られた俺は首を傾げた。

 なにがいけなかったのだろう?


「ブォオォォッフォッ!」


 雄叫びが響いた。

 村人達が苦笑いする中、俺は後ろを振り返れずにいた。

 壁に石斧が叩きつけられる音、大黒柱が叩き折られる音、木床が踏み抜かれる音。なにより──


「ブフォッフォ、ブフォッフォ」


 オークの浮かれただみ声。

 後ろを見ずとも何が起こっているかが分かる。

 だが、何故だ!?


「出来ました、は不味いだろ。あれは完成した時に言う言葉だ」

「……そんなのありかよ」


 重たい足音が背後から近づいてくる。

 すぐ後ろで止まったオークは俺の肩に手を置いた。


「ブフォブブフォ」

「何言ってるか分かんねえよ」

「多分、次も期待していると言いたいんじゃろう」


 村長の通訳にオークは力強く頷き、白い歯を見せる。笑っているのだろうか?


「目を付けられとるのぉ。畑仕事もある故、次からはお前さん一人で家を建てるのじゃぞ」

「そ、そんな……。」


 いや、まてよ。

 建築スキルもかなり育っている。今なら日本家屋も建てられる気がする。

 そうだ。日本家屋なら台風対策に雨戸が付き物だが、この密林が防風林になるから無くても問題がない。つまり、生活に何ら支障をきたさない日本家屋、雨戸無しの未完成バージョンができる。

 ふふふ。オークの裏をかけるぞ。

 それから半月ばかりして、俺は上がりに上がった建築スキルをフル活用し日本家屋を建てた。

 二階建ての武家屋敷然とした佇まいはその巨大さもあって堂に入ったものだ。


「よっしゃ。完せ──じゃないが、住めば都だ」


 危ない、危ない。

 ふふふ、オークよ、密林から覗いてみたところで未完成なのは変わらんぞ。


「おぉ、随分と気合いが入ってるな、お前」

「街にもそうはない立派な家だ」


 村人が口を揃える。

 さもあろう、さもあろう。

 胸を張り鼻高々な俺の視界の端を豚顔が過ぎ去る。


「おい、オーク。俺の屋敷に近づくな。待て、その振り上げた斧をどうする気だ? おいこら、待て、待てよ……嫌あぁあぁぁ!」


 どういう論理による物か。オークは俺の雨戸無しな未完成日本家屋に斧を叩きつけ始めた。

 馬鹿に高い建築スキルにものを言わせただけあって、俺の屋敷はなかなか壊れない。


「ブフオオォォ! フガフガ、ブフォブブフォ!!」

「テンション揚げんじゃねぇ! 仲間呼ぶな。おい、そこの髭面オーク、音頭を取るなッ!」

「ブブフォー、フガブフォー♪」

「唄うなぁッ!!」


 オーク達はリズムに合わせて息を揃え斧を打ち下ろす。瓦屋根に登ったオーク達は肩を組んで一斉に飛び上がり、屋根に穴を開ける。

 流石の我が屋敷も十頭近いオーク達に協力されてはひとたまりもなかった。


「何故だ。理不尽だ、こんなの……。」


 屋敷を破壊し尽くしたオーク達は廃材を薪代わりにキャンプファイヤーを始めた。打ち上げみたいなものだろうか。


「お前さん、もしや建てる前から未完成な家を頭に浮かべておったのじゃないか?」

「え? 確かに最初から雨戸をつけないで未完成にするつもりでしたけど、それが何か?」

「未完成にすると決めていたら、未完成品で完成になるじゃろ」

「何そのジレンマ」


 どうしようもない。

 ……無性に腹が立ってきた。

 人の努力の結晶を楽しげにぶっ壊しやがって。

 許さん。絶対に許さん。


「ははは。良いだろう。物作り大国、日本人の職人気質を舐めるなよ」


 オークが壊せない家を建てればいいのだ。

 これは戦争だ。俺は城を建てる。金城湯池の権化をこの地に建て、必ずや豚共の泣きっ面を拝んでやらぁ。

 その日から俺は憑りつかれたように城造りに没頭した。

 水深五メートル、幅十メートルもの堀、反りのある石組みの土台は鉄剣すら刺さらないほどに隙間なく組み上げ表面を丹念に研磨し蟻が登ることすら出来ぬ仕上がり。

 様々な機構で地下水を汲み上げ城壁の上から滝のように流す。

 本丸は技術の粋を集めたもの。耐震性、耐久性、耐腐食性を考慮し、材質から加工法、組み方まで最高の出来映え。

 そして何より補修が容易。

 今や、神と呼ばれる職人すらもたやすく凌駕する建築スキルを保持した俺はバベルの塔を完成させる自信すらある。


「ブフォ……。」

「フガフガ……。」

「ブンガフォ……。」


 常軌を逸した我が城にオーク達が涙を流す。言っている意味はいまいち分からん。

 俺とオークが雌雄を決すると聞いて村人が駆けつけ、我が城の威容に口をあんぐりと開けている。


「さぁ、オークども。壊せるものなら壊してみろ。壊す端から直してくれる!」


 本丸の屋根からオークを見下ろし、大見得を切る。

 オーク達が石斧を投げ出した。

 降参したように見えるが、奴らが諦めるはずがない。

 案の定、オーク達は木を切り倒して破城槌を用意した。


「ブンガブガ」


 一際、体格の良いオークが進み出た。隣には村長を連れている。通訳係か。


「話がしたいそうじゃ」

「なんだ?」

「ブフォ。ブガフガブフォ」

「これほどの代物を作る努力、活力、意地、何よりその技術に感嘆することしきりだ。我々は貴方に敬意を表す」

「ブフオオォォ、フォガァッ!」

「一同、礼」

「フガファアァァッ!」

「胸を借ります、だそうじゃ」


 平均二メートルを越えるオーク達が一斉に頭を下げる。

 それを見届け、俺の胸の内に熱い何かが込み上げた。


「思えば、長く張り合ってきたな。だが、今回ばかりは俺が勝つ。これ以上、言葉は要らないだろう? さぁ、かかって来やがれ!」

「ブガッブッフオオォォッ!」


 俺とオークの戦いは一年に及んだ。

 オークが壊し俺が直すの繰り返し。互いに傷つき、しかし、俺達は笑っていた。

 ついに本丸が倒れた時、俺は心から涙した。悔しかった。しかし、嬉しかった。また、新しく丈夫な城を建てるのだ。

 そして、オーク達と遊ぶのだ。長く、末永く、俺達は遊ぶのだ。


「一先ず休戦して打ち上げにしよう」

「フガブガ」

「おう。盛り上げてくれよ」


 俺とオーク達は城跡で巨大なかがり火を囲む。

 次に作るなら、マチュピチュのような、


「空中都市かな」

「ブガ!?」



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― 新着の感想 ―
[一言] 優しい世界。 最終的には自動修復機能付きとか継続破壊ダメージ武器とかでそうですねw
[一言] オークのレベルもあがりそうですねぇw
[一言] 前衛芸術的なアレで『無』を作るとどうなるのだろう どんなに頑張っても傷一つつかないぞ!
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