第九章
私は自分に与えられた部屋へ戻ると、置いてある箪笥の引き出しから短刀を出した。この短刀は、私が見世物小屋を離れるときに、同じ軽業師で親友の雅ちゃんからもらったものだ。
私は鞘から刃をのぞかせて、それを光にかざした。この短刀の刃を見ていると、不思議と落ち着いた気持ちになれる。
私は神津と会話の時から鼓動が激しくなっている心臓を呼吸法で静めた。
これは〝夜〟が教えてくれたもので、緊張している時や、恐怖に陥った時に、心を落ち着かせる方法だそうだ。深く息を吸って、吐く。それを繰り返していると、〝夜〟の言っていた通りに心が静まっていくのが自分でもわかった。
私は短刀をしまうと、勝手場へ急いだ。
そろそろ夕飯の用意をしないといけない頃合いである。
食材は〝夜〟がいつも買ってきてくれるので、私が買い物に行ったりする必要はない。実際、食材はいつもあるし、私がここで厄介になるようになってから、一度も街の方へ行ったことはない。
毎日やっているように私が支度を始めると、勝手場の入口から神津が入ってきた。
私は自然と体をこわばらせた。
「そんなに怖がらないでよ。僕の方が傷ついちゃうからさ」
神津は私が自然と警戒心を強めたことが分かったのか、少し淋しそうな顔で言った。その口調がまるで泣きそうな子供のような感じだったので、私は自然と頬を緩ませた。
「ごめんなさい。どうしたんですか?家事の手伝いをしてくれるんですか?」
私は、彼が勝手場という、とても似合わない場所に来たことが不思議だった。
「今日あたり〝夜〟が帰ってくるだろう。それで食材を追加しようと思ってね」
彼は笑いながらそう言った。
彼が、〝夜〟が帰ってくるかもしれない、と予言するときは大抵当たる。今までに同じことが二回あったが、二回とも神津の予想は見事に的中していた。
「そうですか。ではそうしておきます」
私は神津に礼を言い、準備を始めた。
「ところで」
神津は勝手場の入口から私へ声をかけた。
「さっきの〝夜〟についての質問だけど、僕と〝夜〟は同類なんだよ。〝夜〟が普段どんなことをしているのかは探らないから分らない。だけど、僕は〝夜〟の本当の名前、そして性別なら知っているよ」
私は家事の手を止めた。そしてゆっくり神津の方に顔を向けた。
「今の言葉は本当ですか?」
私は神津に問いを発する。
対する神津は、ただ意味ありげな笑みを湛えながら、何も答えてはくれなかった。
それから、私は神津と二言三言言葉を交わしながら、夕飯を膳に乗せて運んだ。